雪のいと高う降りたるを 読み方。 枕草子『雪のいと高う降りたるを』わかりやすい現代語訳と解説 / 古文 by 走るメロス

質問!ITmedia

雪のいと高う降りたるを 読み方

[ 現代語訳 ] 雪がたいそう高く降り積もっているのに、いつもと違って御格子をお下げして、角火鉢に火をおこして、話などして、集まってお仕えしていると、「少納言よ、香炉峰の雪は、どんなふうですか。 」とおっしゃるので、御格子を上げさせて、御簾を高く巻き上げたところ、お笑いになる。 人々も、「そのようなことは知り、歌などにまで歌うが、思いもよらなかった。 やはりこの中宮様にお仕えする者としては、ふさわしい人のようだ。 」と言う。 [ 原文 ] 雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子参らせて、炭櫃に火おこして、物語などして、集まり候ふに、「少納言よ、香炉峰の雪、いかならむ。 」と仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせ給ふ。 人々も「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそ寄らざりつれ。 なほこの宮の人には、さべきなめり。 」と言ふ。

次の

雪のいと高う降りたるを 現代語訳・品詞分解・原文

雪のいと高う降りたるを 読み方

当時の貴族にとっての「教養」が持つ意味は、それを知っているだけで「流石にあの人は先進文化を知っている」とのレベルです。 当時の貴族にとって「和歌」「漢詩文」「管弦」の素養があることは、それだけで他の人物との違いを示す材料ともなりました。 つまり「知っているだけで教養のある人物」との評価を受けた形にもなります。 ここまででお話しした対象は貴族でした。 しかもその貴族は男性であり、女性にその様な教養があったかといえば、極々限定された人達のみといえ、その中に清少納言も含まれていたとの説明になります。 今で言うならば、典型的な性差別社会ともいえるでしょう。 そうした中にあって漢詩文の素養をさり気なく身に着けていた清少納言ですから、中宮定子の「香炉峰の雪はいかならんや」との質問に対してもとっさに切り返すこともできたのでしょう。 むろん、その様にひけらかしをする人物を余り好ましく感じない人物もいて、ライバルだった紫式部は自身の日記で清少納言のことを「鼻持ちならない女」と評してもいるほどです。 この282段を、筆者である少納言の言い方のなりに受け止めれば、次のようになるでしょう。 ・中宮御所に不慣れな頃の中宮との御格子のできごと(184段) 葛城の神とあだ名した少納言のために御格子のさし木外しを遅らせたこと。 その思いやりのおかげで、局に戻り格子を上げ散らして見た、その雪景色の格別なこと。 アラサーで女房として宮中に出仕した少納言に対して、10歳以上も年下のセブンティーン中宮がいかに暖かく労わり深かったかがこの段への前提にあります。 御格子を上げるかどうか、優しさを受けてから見る雪景色のこと。 ・雪の夜の見舞客との語り明かしの風流ぶり(181段) 雪見舞いは184段の中宮の兄の例もそうですが、雪をめぐって風流のあり様。 雪深く寒さ厳しいことから、この朝は少納言も炭櫃に齧りついておしゃべりに耽っていたところ、現れた中宮はそんな宮中慣れして駄弁ってばかりの少納言にやんわりと出仕当初の初々しさの象徴である御格子のことで、今度は風流の如何をうながしているのでしょう。 せっかくの雪の朝なのにあなたも閉じこもったままなのですか、と。 その中宮の思いやりをたたえた皮肉に慌てて応じるのが精一杯の少納言。 さすが中宮の風流心は並並ではないと思い知らされる少納言。 周りの女房一同も中宮定子への直接の賞嘆は敬して遠慮し、少納言の対応の機転を語る形で間接的に中宮の特別振りを讃えている形でしょう。 ここは素直に中宮定子の、皮肉さえ機微に包んだ、その教養の高さ、心根の優しさが主題と受け止めてはいかがでしょう。 枕草子299段ですね。 「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそよらざりつれ。 」とあるのが理由だと思います。 中宮定子の周囲にいた女性たちの多くは「香炉峰の雪は 簾 すだれ を撥 かかげ て看みる」という白居易の漢詩そのものは知っていましたし、このことを詠んだ和歌も知っていました。 しかしなぜ定子がこの漢詩を口に出して問いかけたのか、(御簾を上げてもらいたかったのですが、)その理由をとっさには理解できませんでした。 清少納言だけがその意図に気づいて、気を利かせてすぐに対応できたから、賞賛された と清少納言は書いている のです。 余談ですが、漢詩や和歌などの文学作品を挙げて、間接的に表現された相手の意思を理解できてよかった ほめられた)、あるいは理解できずに恥をかいた これをきっかけに勉強した という例は歴史上の人物のエピソードや伝説として日本では多数伝わっています。 清少納言のこの話や児島高徳の桜の幹に彫った漢詩は前者の例ですし、太田道灌の山吹の和歌は後者の例です。 1です。 「補足質問」にお答えします。 これは、明治時代に至るまで、永い間、変わりはありません。 森鴎外も、夏目漱石も、その素養が文章に裨益しています。 平安時代に、そのような素養を身につけていて、咄嗟に、中宮定子の質問に対して臨機応変に応えられたということは、清少納言の漢籍の素養がかなりのレベルに達していたということを示しています。 分かってはいても咄嗟には出てこず、後で、「あの質問には、こう応える手があった・・・」という思いは、しばしばするものですが、清少納言は、それが出来ていたのです。 なお、漢籍の素養は、今では、更に、影が薄いものになっているようです。 「香炉峰の雪」などと言っても、今の人で知っている人は、まず、いないでしょうね。 国語の教師だとか、一部の人を覗いては・・・。 時代と言えば、それまでですが・・・。

次の

助動詞「む(ん)」の識別の解説

雪のいと高う降りたるを 読み方

香爐峰の雪 香爐峰下、新卜山居、草堂初成、偶題東壁 (香爐峰下、新たに山居をぼくし、草堂はじめてなり、たまたま東壁に題す) 白居易 日高睡足猶慵起 小閣重衾不怕寒 遺愛寺鐘欹枕聽 香爐峰雪撥簾看 匡廬便是逃名地 司馬仍爲送老官 心泰身寧是歸處 故郷何獨在長安 (読み) 日高く睡り足るも、なお起くるにものうし 小閣にしとねを重ねて寒さをおそれず 遺愛寺の鐘は枕をそばだてて聴き 香爐峰の雪は簾をかかげてみる 匡廬(きょうろ)はすなわちこれ名を逃るるの地 司馬はなお老を送るの官たり 心やすく身やすきは是帰処 故郷何ぞ独り長安にのみ在らんや (訳) お日様は高く上がり、睡眠は十分とったのだが、まだ起きるのが億劫だ。 小さな家でふとんを重ねているので、寒さは気にならない。 遺愛寺の鐘は枕を傾けて聞き、香爐峰の雪はすだれをはね上げて眺める。 匡廬こそは、名誉をのがれる地。 司馬は、老後を送る官としては十分である。 心も身も安らかな所は、すなわち私が帰るべき場所である。 故郷が長安でなければならないわけはない。 この七言律詩は、『枕草子』(清少納言)の次の文で有名。 雪のいと高う降りたるを 例ならず御格子まゐりて 炭櫃(すびつ)に火おこして 物語などして集りさぶらふに 「少納言よ 香炉峰の雪いかならむ」と仰せらるれば 御格子上げさせて御簾(みす)を高く上げたれば 笑はせ給ふ。 中宮様が「少納言よ、香炉峰の雪はどうであろう」と聞いた時に、 清少納言は、御簾を上げてみせた。 清少納言が、気の利いた答え方をしたので、 他の女達が「さすがね〜」と言ったという場面。 香炉峰は、中国江西省九江の南西、廬山にある山で、形が香炉に似ている。 廬山中の景勝の一つ。 この冬、帰省した時に、雪が降りました。 「にほんごであそぼ」で放送されたこの詩が浮かびました。 日高く睡り足るも、なお起くるにものうし 小閣にしとねを重ねて寒さをおそれず 遺愛寺の鐘は枕をそばだてて聴き 香爐峰の雪は簾をかかげてみる 実家では、朝はのんびりです。 夜はたいがい父に付き合って飲んだくれています。 朝起きると、子どもは父にさらわれて、 近くの公園に行ったり、車の掃除をさせられていたりします。 その間私は「実家天国」を味わいます。 いつもは、こんなことなんて言っていられません。 パパッと起きて、朝ごはんを作ったり、お弁当を作ったり、 旦那や子どもを起こしたり、大忙しです。 もうとっくに起きているのですが、 「そろそろ起きなさいよ」の母の声で わざわざ起こされます。 日高く睡り足るも、なお起くるにものうし 小閣にしとねを重ねて寒さをおそれず なんて、つぶやいて部屋を出ると、 朝ごはんができています。 (^_^) 白居易は「実家天国」を詠ったわけではありません。 あしからず。 (笑).

次の