生き て いる 不思議 死ん で いく 不思議。 「生きている不思議死んでゆく不思議」海獣の子供 のさんの映画レビュー(感想・評価)

信者さんらへ(『生きている不思議 死んでいく不思議』

生き て いる 不思議 死ん で いく 不思議

千と千尋の神隠しの挿入歌 『いつも何度でも』 に出てくる一節。 まだ死んだ事がない(と思う)から、漠然と死が怖い。 しかしよく考えるとほんの数十年前まで自分は存在していなかった。 息もしていなかった。 形もなかった。 いつから意識が芽生えてくるのか、いつから目が見えるようになってくるのか、 いつから人間になるのか。 そんな事を考えると、生きているって不思議だと思える。 母親が自分を産んでくれた時、両親は喜びでいっぱいだったはず。 新しい命が生まれ、喜びに満ち溢れる。 しかし親は先に歳を取る。 親の事が心配で、いつまでも元気でいてほしいと願うけど、最期の時を考えたりもする。 当たり前にいてくれた親がいなくなった時、どれだけの悲しみが襲ってくるだろうか。 それともすんなり受け止められるだろうか。 命は喜びと悲しみを与える不思議な存在。 暇人なのでふと考えてしまった。 いつも寝る前、こんな事を考えている。

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[B! 人生] IQが高すぎるのも-障害

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物質に「目的」はありません。 しかし、その「無目的=エントロピー増大」は淘汰となり、二次的に進化を導きます。 「いや違う!」と主張する事は可能ですが、厳しい生存競争の中で、生き残るために努力しない個体の遺伝子が次世代に伝わり、種の形質となる事はなく、進化は常に、「生きる事」を目的とするよう導くのです。 一方、どのような行動も、本質的には任意=意志の充足であり、「意志の充足じゃない」というのも一つの意志として、精神的充足の追及という方向性から逃れることはできません。 「精神的充足感のため」というのは、刹那的な快楽主義に帰結するのではなく、最大限の大きな目的、最大限の愛と、最大限の認識を兼ね備えたものになるのです(短絡的な快感の帰結は麻薬だが、それが最大充足でないのはご存知の通り)。 であるならば、人が生きるのは、物質的豊かさのためではなく、精神的充足感のためであり、人が働くのは、お金をもらうためではなく、助け合い=愛のためです。 生物として、「生きること」が唯一の目的であるが、社会生命=助け合うために集まっているものとしては、働くことが生きること。 本来、社会的生命として助け合うために集まっている人々をして、弱肉強食のジャングルに変える、悪魔のツール。 「いつも何度でも」ですかいい歌ですよね 人は何度でも過ちを繰り返す、けれどもそのたびに青い空を知る、 奇跡というのは特別なことではありません、 人は生きている、その毎日毎日は奇跡の繰り返しです、 問題はそれに気づくかどうかです、 それはすべての人、生き物に言えることです、 どれだけの人生が奇跡が愛が喜びがそれぞれの人の数だけあるのでしょうか、 想像するだけでめまいを覚えます、 そしてそれぞれの人生、奇跡をたくさん抱えたまま、その人はやがて消えて行ってしまいます、 その人のいなくなったあとも、それ以上の奇跡を持って、またたくさんの人が通り過ぎていきます。 言葉に出来ないほど、ありがたいんだか、悲しいんだか、 私はどんな顔をしていればいいのでしょうか、.

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[B!] オウム事件真相究明の会―賛同者らの罪

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まさに天才! 空海は多彩な才能を持っていた 真言密教の開祖として知られる空海ですが、唐で学んだ土木知識を活かして、香川県にある満濃池をたった3か月で治水したり、中国でも認められるほどの書の達人でもあったそうです。 また空海は漢詩の名人でもありました。 この他にも、難解なサンスクリット語と中国語を数か月で習得したり、たった2年間の留学中に儒教・道教・キリスト教・ゾロアスター教・マニ教といった様々な教えも学んだとか。 空海が東洋の「ダ・ヴィンチ・コード」と言われているのも納得ですよね。 空海の不思議というよりも、才能の話になってしまいましたが、類まれな努力家かつ多才な人物だったと言えるでしょう。 空海には温泉や湧き水を見つける霊力があった!? 全国には空海が発見したと言われる温泉が点在しています。 福岡県糸島市にある「まむし温泉」は空海が「霊力によって薬水を湧き出させた」と言われていたり、群馬県の川場温泉は空海が錫杖(しゃくじょう)の先で大地を突いたことにより、豊富なお湯が湧き出したと言われています。 また空海は日本全国に湧き水を湧出させたという伝説も数多く残っています。 愛媛県西条市や神奈川県の大山にある「弘法水」が有名です。 この空海の霊力は20歳になる前から山林で修行体験を積み重ねた賜物だと言われています。 虚空蔵求聞持法という100日間で呪文を100万回唱える過酷な修行もしていたそうですよ。 空海のような天才がこのような厳しい修行をすれば、何か特別な感覚や能力を得ていたとしても、おかしくはないかもしれませんね。 しかし! 夢のない話になってしまいますが、空海が霊力を使って温泉や湧き水を見つけてはいないという説もあります。 確かに、唐から薬学や鉱脈技術に関する豊富な知識を持ち帰ったと言われている空海が、霊力ではなく知識を使って温泉や湧き水を見つけた可能性も大いにあります。 今となっては事実を知ることはできませんが、いずれにしても全国各地に名を残している空海が凄いことには変わりはないでしょう。 1,200年もの間、空海には1日2回の食事が運ばれている 空海によって開創された真言宗の総本山「高野山」。 奥の院には空海が入定(瞑想をして生きたまま仏になること)した御廟があります。 高野山では空海は今も生きているとされていて、奥の院には毎日朝6時と10時半の2回、食事が運ばれているんです。 この儀式は「生身供(しょうじんぐ)」と呼ばれています。 数名の僧侶によって食事は運ばれているのですが、まずは嘗試地蔵(あじみじぞう)の前で毒味をすることからスタートします。 その後、維那(いな)と呼ばれる空海の世話係を代々行なっている僧侶が先導して、空海が瞑想しているとされる御廟の中に入っていきます。 空海に届けられる食事は、伝統的な精進料理を中心としたメニューとなっていますが、パスタやシチューなど洋食メニューもあるとか! ちなみに空海が入定した日には、毎年衣類も届けられているそうです。 御廟内はもちろん撮影&立ち入り禁止になりますが、それまでの生身供の儀式は一般の人でも見ることができます。 高野山に行く機会があったら、ぜひ見てみたいですね。 奇跡の連発! 空海はいくつもの不思議な伝説やエピソードを残している 空海はいくつもの不思議な伝説やエピソードを残している人物でもあります。 そのひとつに幼少期に仏門に入る決意を固めるため、断崖絶壁から3回も飛び降りたという伝説があります。 普通の人だったら、単なる自殺で終わりそうですが、空海はやはり凄かった!? 崖の上から「自分が仏道に入り、多くの人々を救うことができるのであれば、霊験を示したまえ。 さもなくば、この身は仏に捧げる」と唱えて身を投げたところ、釈迦如来と天女が雲の間から現れ、空海の命を助けたそうです。 またこのような不思議なエピソードも残っています。 空海が遣唐使として中国に向かうとき、4艘の船で海を渡っていましたが、航海の途中で嵐に遭い、2艘が沈没(もしくは行方不明)してしまうんです。 しかし、空海が乗っていた船と、のちに天台宗を開いた彼の生涯にわたるライバル、最澄が乗った船は無事でした。 単に運が良かっただけという解釈もできますが、最澄と共に、確固たる使命を持って生まれ、天から強いご加護を受けていた人物だとも思えるエピソードですよね。 高野山の宿坊で朝勤行を体験できる 世界遺産の空海が入定した高野山に一度は行ってみたいと思いませんか? 高野山には多くの宿坊があり、お堂で読経を聞く朝勤行も体験できます。 写経体験ができる宿坊もありますよ。 季節の食材を中心とした精進料理を味わい、早朝に起床し、お勤めをする・・・想像しただけでも、精神が研ぎ澄まされそうですね。 また「」にはナイトツアーもあり、専門ガイドの案内で夜の奥の院に参拝ができます。 少し怖い気もしますが、幻想的な雰囲気を堪能できるかもしれませんね。 参考文献 [] [] [] [All photos by ].

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