カミュ ペスト 青空 文庫。 楽天ブックス: ペスト

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カミュ ペスト 青空 文庫

「保育園ホワイトきゃんばす」では、0歳児から5歳児まで一緒の保育をしています。 小さい園児は、お兄ちゃん、お姉ちゃんに面倒を見てもらい、自分が大きくなれば年下の園児の世話をします。 そんな「タテの関係」の中で、子どもたちは「人間関係力」をつけていきます。 「ケンカをしても仲直りできる」「困った時は助け合う」「苦手な人とは適当に距離を置く」「自分の思い通りにならないことを経験する」今、日本では異年齢保育が注目されています。 しかし、保育先進国のヨーロッパの国々のほとんどが、小学校入学までは異年齢保育をしています。 中学校になれば、部活で時には理不尽なタテの関係が発生します。 社会に出れば、どんな組織もチームも異年齢で構成され、異年齢でのコミュニケーション力が大人になると問われます。 そんな、子どもたちの将来を見据えて、異年齢保育をおこなっています。 5歳の誕生日を迎える前に命を失う子どもの数は、1990年の1260万人から2018年には530万人と減少しました。 また、同時期に5歳から14歳の間に死亡する子どもの数は170万人から90万人に減少するなど、子どもの命を守る取り組みに大きな成果がありました。 しかしながら、肺炎を原因として39秒にひとり、80万人以上の5歳未満の子どもが命を落としており、そのうち約15万3000人は生後1か月以内に亡くなるなど、支援の手が届かない子どもたちが未だに数多く残されています。 保育園ホワイトきゃんばすは、日本ユニセフ協会を通じて毎月サポートを続けてまいります。 地球上のすべての子どもたちが笑顔であることを願っています。 保育園ホワイトきゃんばすはユニセフを応援しています 先週から体操教室が再開したのですが、私は父の件でバタバタしていたので、今日が、園長としては、久しぶりの体操教室です。 しっかりと、子どもたちの様子をビデオ撮影したので、やる気満々の園児とやる気が空回りした園児と・・楽しい時間となりました。 笑 さて、新型コロナウイルス感染症の問題を受け、カミュの「ペスト」(新潮文庫)が話題になっています。 これは、アルジェリアのオランという町で発生したペストを巡る人間模様を描いた小説です。 コロナウイルスへの向き合い方と重なる部分があり、人間の本質を突く内容です。 ペストの大流行で、ロックダウンされたこの街から、闇の組織を使って脱出を試みようとする新聞記者のランベールとペストに立ち向かう、主人公の医師のリウーが登場します。 ランベールはスペイン戦争の経験から、「勇気やヒロイズムといった観念で人は死ねるし、殺すこともいとわないのではないか」と考えるようになっていました。 ランベールは、リウーの行動原理は、自分が嫌う、勇気やヒロイズムなのではないかと非難するのです。 しかし、リウーはこう答えます。 「今度のことは、ヒロイズムなどという問題じゃないんです。 これは誠実さの問題なんです。 そんな考え方は笑われるかもしれませんが、ペストと戦う唯一の方法は、誠実さということです」 ランベールは聞きます。 「どういうことだい。 誠実さって何なの?」リウーはこう答えます。 「僕の場合には、つまり自分の職務を果たすことだと心得ています」 どうですか・・・今起きているコロナウイルス騒動に対しても、一番大事な行動は「誠実さ」と当てはめると、日本人の行動様式は、世界の中では、トップクラスの「誠実さ」と言えるのかもしれません。 新しい生活様式は、私たちの「誠実な行動」が、基盤になっていくことは間違いないですね。 自分の胸に手を当てて「誠実さとは?」問うてみませんか。

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カミュの『ペスト』に関して(1): 「青空文庫」の作家、高野敦志の世界

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ペストに襲われた町の、約一年の記録。 登場人物数人の奮闘と、心境の変化が中心に描かれる。 翻訳の日本語文が読みにくいので、あまりおススメしない。 ペストは「黒死病」ともよばれ、14世紀や17世紀に世界や欧州で大流行した歴史と、「ペスト医師」という奇妙な格好の姿(検索するとわかります)が、頭にあったからでしょう。 その「ペスト医師」の姿はどこかで見たことがあるなと思ったら、『ベルセルク』で見たような気がする。 漫画は手元にないので分らないが、この前見た新作アニメ版の記憶にあったような気がする。 ところで、なぜ私がこんな本編と関係ないことを、だらだら述べているかというと、内容に関して、書くことがそれほどないからです。 最初は、ペストの可能性を頭に入れつつ、なぜか人々はそれを否定しようとする。 約450ページのうち(文庫改版バージョン)、約100ページあたりで、ようやく市は閉鎖され、外界から隔離され、『ペスト』という作品の本番が始まった感じです。 『ペスト』は、医師である「リウー」の奮闘を中心に、「タルー」、神父の「パヌルー」、支庁の吏員「グラン」、犯罪者の「コタール」、新聞記者の「ランベール」他、数人の人物が、突然襲いかかった災厄を、どのように受け入れ、あるいは、お互いに助けあいながらペストの「病疫」に立ちむかったかが、えがかれています。 しかし、この訳書の日本語文は、読みにくい箇所(読みにくいというより、何が書いているか分からない)がいくつもあり、私は、その人間関係の細かいドラマを、十全に理解できず、消化不良のまま読み終えた感じです。 まあ、「ランベール」という人物が、閉鎖環境から抜け出そうと努力し、やがて心変わりをする、その過程だけは共感的に読むことができて、それだけは良かったですが。 さて、この作品は、実際に起こったことを書いたものではないので、いわば寓話として読むものなのでしょうが、現在では、どのような状況を想定して読めばよいのでしょうか。 現在だと、感染症の大流行というより、大災害の方が身近で最も(人的被害の)危険性があるでしょう。 病気もそうですが、災害(地震や津波など)による「不条理」は、人間(日本人の場合は特に)が甘受しなければならないものでしょう。 原発事故による放射性物質汚染のように、肉眼では確認できないもの(ペスト菌も同様)に対する恐怖も顕在化しました。 まあ、放射能の場合は人災のきらいもありますが、『ペスト』の中で、「ペスト菌は決して死ぬことも消滅することもないものであり、数十年の間……(中略)……眠りつつ生存することができ……(中略)……人間に不幸と教訓をもたらすために、ペストが再びその鼠どもを呼びさまし、どこかの幸福な都市に彼らを死なせに差し向ける日が来る」とあるように、人間を襲う何かしらの危険は、常に伏在しているのでしょう。 結局、『ペスト』では、ペストを克服したというより、いつの間にか災厄が去っていた、という感じで、これは人間の無力さをあらわしているのかもしれません。 「ペストと生とのかけにおいて、およそ人間がかちうることのできたものは、それは知識と記憶であった」という一文は、よく心にとどめておくべきものではないでしょうか。 最初(三行の説明部分)にも書きましたが、日本語の訳文が本当に読みにくいので、これを読書感想文に選ぼうと思っている学生さんなどは、やめておいてほうが無難でしょう。 そのせいで、おススメ度は星2つというものになりました。 むしろ、本文よりも、訳者「解説」の方が読みやすく、作品を概括的に捉えるには最適なので、邪道ですが、「解説」だけ読むという手もあります(おススメしませんが)。 (成城比丘太郎).

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新型コロナの予言に満ちた小説『ペスト』が示す感染症の終わり|古典にすべてが書かれている。|坂口孝則

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危機にこそ先人に学ぶ 岡崎》新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、カミュ『ペスト』(宮崎嶺雄訳、新潮文庫)が売れているそうですね。 永江》先日チェックしたらAmazonでは品切れ、私が見た限り、街の本屋のどこにも在庫がありませんでした。 岡崎》久しぶりやなあ、本屋から消えるほど売れる本の話を聞くのは。 永江》大きな社会的事件や事故がきっかけで特定の本が売れるというケースは、わりとあるんですよ。 東日本大震災の後には吉村昭『三陸海岸大津波』(文春文庫)が話題になり、鴨長明『方丈記』が災害記録文学として注目されました。 ただ『ペスト』は、虚構なんですよね。 石弘之『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫)が売れるのはわかりますが、『ペスト』は一九四七年に出版されたフィクションであって、もともとは全体主義やファシズム、共産主義などのメタファーとして読まれていたわけでしょう。 岡崎》確かに、小松左京『復活の日』(角川文庫)なんかのほうが、時代的にはリアルな気がする。 永江》でも、実際に感染症が流行ってみると、あまりにも似た状況が起きている。 流行初期には医師会のボスが「ペスト」と言わないようにしようとするとか、行政の初動が遅れるとか、街を封鎖したら人々のフラストレーションが極限まで溜まっていくとか。 半世紀以上前の小説ですが、今の私たちにリアリティをもって迫るものがある。 岡崎》現実的な危機や恐怖は、読書の入り口としては間違っていない気がするね。 永江》先人に学ぶ、ということですよね。 震災後の原発事故では東京電力側が「想定外だった」と連呼しましたが、明治、昭和の大津波の状況や人々の行動を記録した『三陸海岸大津波』を読むと、決して「想定外」ではなかったとわかる。 みんなが忘れてしまったような過去の事実をきちんと伝えてくれるのは、書物のすごさだと思います。 一発屋と定番作家 岡崎》二〇〇八年頃「年越し派遣村」に関連して、小林多喜二『蟹工船』が注目されたこともありましたね。 新潮文庫版が一年で五〇万部売れたとか。 文庫と漫画の総計が八〇万部! Tシャツや「蟹工船弁当」まで出た(笑)。 〇八年一月、高橋源一郎と雨宮処凛が行った『毎日新聞』での対談で雨宮さんが「『蟹工船』は今のフリーターの置かれている状況と似ている」と発言したのがきっかけだったそうですが。 永江》バブル崩壊直後にはフリーター=気楽でいいよね、というイメージだったのが、景気の悪化に伴ってワーキングプアや貧困が深刻化し、全然気楽じゃない、ひどいぞ、と。 その流れでプロレタリア文学への注目が高まり、「蟹工船」ブームにつながったのでしょう。 岡崎》しかし他のプロレタリア文学、例えば小林多喜二を描いた戯曲、井上ひさし『組曲虐殺』(集英社)にまで手が届いたとか、中野重治を読み直す人が増えているという話は聞かないから、どこか一発屋っぽい。 もちろん、普段読まない人が読んでみようかなと思い、読んだら意外と迫力があって面白いとなれば、それでいいんだけど。 継続した読者にはならないという意味では、タピオカのブームと同じちゃうかな。 (笑) 永江》今回『ペスト』を手にとった人には、篠田節子『夏の災厄』(文春文庫)も読んでもらいたいな。 これは篠田さんが八王子市役所勤務時代の経験から書いた小説で、日本脳炎に似た伝染病に突如襲われた郊外の街が、行政の後手後手の対応のせいでパニックになるという話です。 岡崎》カミュといえばサルトル、サルトルといえばボーヴォワール、みたいな方向性もありますよ。 カミュをきっかけに同じ実存主義文学の作家を芋づる式に知ってもらえると、僕らとしては非常にうれしい。 永江》継続的な人気ということで言うと、太宰治ブーム。 あれは定期的に来るよね。 岡崎》ああ、ありますね。 永江》しかも不思議なのは、ほぼ全作品が「青空文庫」(著作権の消滅した作品、または著作権者が許可した作品をインターネット上で無料公開したサイト)でタダで読めるのに、本が売れているということ。 これはまだ青空文庫に収録されていないけれど、夏の文庫フェアでは『人間失格』は集英社、新潮、角川に入っている。 岡崎》やっぱり紙の本を手元に置いておきたいんだ、というのは救いですね。 永江》二〇〇七年夏、集英社文庫が『人間失格』に『DEATH NOTE』で人気の漫画家・小畑健によるイラストのカバーをつけたら一ヵ月半で七万五〇〇〇部売れたとか、芥川賞を受賞した、お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹が心酔しているというので話題になったり。 そもそも太宰人気の基礎はずっとあるんですよね。 遺体が発見された日を「桜桃忌」として今でも墓参が絶えないのは、その証です。 だからこそ何かきっかけがあると、大きなリバイバルにつながる。

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