祈り方。 正しい祈り方

祈り方

祈り方

祈りは目に見えないスピリチュアルな良き力をもっています。 願いは人間の願望や未来への希望ですが、祈りは普通、神や神格化された存在に向けて行われます。 しかし、自分自身の霊的な成長を望んだり、この世界を動かす大いなる力や、その力に従属する存在たちに見守られたい、力を貸してほしいと思うのであれば、人生に祈りを取り入れた方が良いでしょう。 あなたにゆかりのある霊的な良き存在たちが力添えをしてくれますし、悪しき力から身を守る手助けをしてくれるでしょう。 祈りにはとても強いスピリチュアルな力があるのです。 【目次】• 祈りとは? 祈りとはいったいなんでしょう? とくに宗教に属していなくても、神社や教会にいって祈ることは出来ますし、もっと言えば、普段祈る習慣がなくても、日常の中で祈るときはあります。 たとえば宝くじを買ったときとか、入院した身内が手術をしているときとか。 まずは祈りのお話をするまえに、祈りの定義を明確にした方が良いかも知れませんね。 (いのり)とは、宗教によって意味が異なるが 世界の安寧や、他者への想いを願い込めること。 利他の精神。 自分の中の神と繋がること。 神など神格化されたものに対して、何かの実現を願うこと。 神の定理は各宗教による。 [1]。 祈祷(祈禱、きとう)、祈願(きがん)ともいう[2]。 儀式を通して行う場合は礼拝(れいはい)ともいう。 まずは祈りの定義からですが、そもそも一般的にはどのような定義になってるのか? wikiとか見てみるとこんな感じですね。 少し長いのでもっと簡単に要約してみましょう。 「宗教などで違いはあれど、神や神格化された存在に、世界や他者へ思いを込めて願うこと」って感じですかね? 一般的に知られる祈りの意味は短く簡単にするとおおむね上記のような意味になると思います。 天空の庭先では、祈りをこのような言葉で定義しています。 「清く正しい心で神に語りかけること」 たとえば神に、「ライバルを怪我させてくれ」などと祈ったなら、それは祈りではなく願望や呪いです。 祈りというのは善良な気持ちによって行われるべきであり、それは祈りの大前提です。 そして、全ての正しい祈りは、天使や菩薩などの善良な存在を対象としたとしても最終的には根源的な神へいきつきます。 言葉を短く簡単にしたかったこともありますが、祈りとは、「清く正しい心で神へと語りかけること」です。 祈りのスピリチュアルな力 祈り方にもよりますが、もし正しい祈りの言葉で毎日祈ったのであれば、私たち人間は、神、仏、天使、精霊など、祈った存在からエネルギーを受け取ることができます。 自分の内側のエネルギーは「内気」、そして自分の外側のエネルギーは「外気」です。 祈りが届いてどれだけ叶うか?神や高次の存在との繋がりの深さはおもに2つの基準があります。 信仰心の強さ• どれだけ清い心と愛を持っているか? 信仰心とは、神や神に連なる存在たち、それらがもたらす啓示、関係性などに確信を持って信じ、心を尽くすことです。 仏教であれ、キリスト教であれ、あるいはその他の宗教、自分独自の信仰であれ、信じる気持ちの強さがもたらされる恩恵や加護のちからと関係します。 強い信仰心を持っていたとしても、何かを願い祈る気持ちが我欲であったなら力添えいただくことは出来ないでしょう。 求めるだけでなく、まずは自分自身が恩恵や加護を受けるに相応しい人物とならねばなりません。 心の清さ、そして愛の大きさは、神の加護や恩恵を受け取る自分自身の霊的器の大きさと言えます。 祈り方は? 祈りの言葉や作法は、宗教や思想によっても異なりますが、本質はただ一つです。 清く正しい心で、想いを尽くし、心を尽くし祈る。 どれぐらいの時間祈るのか?それは祈る人が自分で必要だと思う時間を祈れば良いと思います。 なにか目的があって祈るときには数時間祈ってるときもあります。 なかなか成仏しない霊を成仏させるときなど 実際に祈ってみるとわかるのですが、ひとつの言葉に意識をフォーカスし続けるというのは思った以上にむずかしいことです。 心を一つにして祈るというのは、自分の心をコントロールする力を必要とします。 日頃から祈る習慣のない人がたまに祈ると、まず3分も祈ってられないみたいなことが起きます。 人間は気がそれやすい生き物なのです。 祈りは人間の意識を対象にフォーカスさせる訓練にもなります。 この意識をフォーカスさせる力は私たち人間の霊的な力の基礎になります。 それと「言霊」なんて言葉を聞いたことがある人もいるかと思います。 言葉には、その言葉そのものにさまざまな霊的な力が秘められています。 私たちが神仏に唱える祈りには、とても高い波動の霊的なエネルギーが秘められています。 つまり、祈りの言葉自体が、新たに生み出されるエネルギーでもあり、その良いエネルギーは私たちの身体や住んでいる環境のエネルギーを整えてくれます。 お坊さん、退魔師、神父などが、祈りの言葉で悪いものを退けるのは、受け取る恩恵や加護の力と、言葉自体に宿ったちからによるものです。 言葉はスピリチュアルなエネルギーに方向性を与えるものです。 祈るとき大切なのは何をどのように祈るかではなく、どのような心で祈ったかです。 ですから、祈り方や祈りの言葉に囚われる必要はありません。 その前提を踏まえた上で、祈るときには自分自身に馴染みが深い宗教や思想にある祈り方で良いと思います。 例えば仏教徒なら仏教の祈り、キリスト教ならキリスト教の祈りです。 どの宗教の祈りが強いとかはさほどありませんし、無理に新しい言葉や祈り方に変える必要はあまりないです。 私自身が感じているのは、馴染みのある言葉や習慣的につかっている言葉の方が影響を与えたり受けたりしやすいということです。 自分自身の信仰にもとづいて祈れば大丈夫です。 私の自身はなんの宗教にも属してません。 ですが、個人的に最も敬愛しているキリストの教えにある祈りを唱えています。 御国が来ますように。 御心が天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。 わたしたちの罪をおゆるしください。 わたしたちも人をゆるします。 わたしたちを誘惑におちいらせず、 悪からお救いください。 国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。 アーメン 私の師のような人も同じで、宗教に属してないけど、個人的にキリストを信じていて、キリストの教えにある祈りを唱えていました。 主の祈りは、キリストが祈るときにはこう祈りなさいと教えた祈りです。 この祈りの素晴らしいのは、人間の7つのチャクラに対応するキーワード パワーワード がバランス良く有ることです。 私の場合、主の祈り以外では、古い白魔術などで使われる祈りを祈っています。 祈り願うときに大切なこと 祈りの中には、なにか目的をもった祈りも存在します。 たとえば、愛する人と結ばれたいとか、子供の受験が巧くいくようにとか、試合で勝ちたいなどです。 願いを含む祈りは祈るときの心の姿勢が最も大切です。 たとえば、「愛する人と結ばれたい」その祈りが利己心や我欲の類いであったなら、それは祈りではなくただの願望です。 「子供の受験」「試合での勝利」どのような願いの祈りであれ、利己心や我欲であったなら祈りではなくなってしまいます。 逆にどのような目的であれ、心から相手のことを思い、動機が愛にもとづいていたなら、それは祈りとなりえます。 例えばですが、「神よ、愚かなあの人が自分の過ちに気づけますように」このような祈りであれば、あまり価値も無いでしょう。 相手だけが悪いといった思い上がりがこの言葉の中に映し出されています。 裏を返すと否定的な祈りというものは世の中に結構たくさんありますし、自分で祈りの言葉を作るときに否定心を込めないためにはいくつか注意するべきことがあったり、結構たいへんです。 愛にもとづく心で祈りましょう。 神は、私たちが願うより先に私たちが必要としているものを知っています。 多くの人は、どうやって祈れば聞き届けられるのかと言葉を模索しますが、私たちが心に思うことは全て神には筒抜けです。 あるいはなにか辛いことが起きても、自分のために必要な出来事なのだと。 神のエネルギーの性質は、私たちの世界で言うところの「」です。 すべてはもともと神と一つでした。 そして神から別れた私たちをふたたび一つにするのは「愛」です。 この天空の庭先には、オーラに関する記事がとてもたくさんあります。 オーラは大きくわけると4つの階層になっています。 第一階層:私たちの肉体がまとう生命力のオーラ• 第二階層:私たちの性質を表し感情と想念に対応したさまざまな色のオーラ• 第三階層:私たちの霊的な体やエネルギーに対応した高次のエネルギーのオーラ• 第四階層:私たちの本質と魂の輝きである神の光のオーラ 祈りが愛にもとづいていたなら、祈りが持つエネルギーとオーラの輝きは、第三階層の高次の光のオーラです。 つまり、人間の感情や想いを超えた先にある、より純粋な霊的エネルギーです。 第二階層のオーラが白にとなり、さらに愛や信仰によって第三階層のオーラの性質を帯びると、かつての聖人聖者がまとっていたと言われているシルバー系のオーラにいたります。 より深い信仰と愛によって神と繋がったなら、無限とも言える神のエネルギー、神のオーラへと至ります。 つまり、聖人聖者とは、常に清く正しく祈り続けているような状態にある人たちであると言えるかもしれません。 祈りの力は究極的に言えば、かつての聖人聖者たちが起こしたような、奇跡を実現させることができる力です。 どんな時でも、否定する人ではなく、祈る人であってください。 いつかあなたの言葉や行動が、祈りそのものとなりますように。 それが私の願いです。 霊能力が身についたキッカケ 霊能力と呼ばれる力を手に入れるキッカケは、21歳の時に霊的な師と出会い、ヒーリングを受けた事でした。 私をヒーリングしてくれたその方は、世界を旅しながら無料で奉仕やヒーリングをして生きている方で、日々何十人、何百人と癒していました。 その方との出会いをキッカケに、私自身にもヒーリング能力が身についたり、オーラが見えはじめたり、体外離脱を体験したり、成仏出来ない霊を救う能力が発現したり、様々な霊的な体験をしました。 それら体験は、この天空の庭先にまとめられています。 体験談 天空の庭先オープン 2004年に楽天ブログで天空の庭先がスタートしました。 本業はデザイナーで、ふつうに社会で働きながら、平日の夜や週末の休みを利用して、霊的な疑問や相談にお答えする活動をしてきました。 今日までの天空の庭先の歩みはアーカイブのページにまとめられています。 私は本当の「天国」や「楽園」は、それを求める人の心の中にあるものだと思います。 ここを訪れる人たちが豊かで美しい人生を歩むヒントをみつけてくれたらそれは私にとって幸いです。

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村山由佳の「おいしいコーヒーのいれ方」がついに完結……!20年分の想いを綴ります!

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祈りについて 信頼 イエス・キリストは神に向かって祈るとき「アッバ」と呼びかけました。 アッバとはイエスが話していたアラム語で子どもが父親を呼ぶときのことばです。 イエスの祈りの特徴は神に対するこの大きな信頼でした。 イエスは弟子たちにも神に向かって「アッバ」と呼びかけることを教えました。 イエスが教えた祈りは「主の祈り」と呼ばれています。 「主の祈り」 天におられるわたしたちの父よ、 み名が聖とされますように。 み国が来ますように。 みこころが天に行われるとおり 地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。 わたしたちの罪をおゆるしください。 わたしたちも人をゆるします。 わたしたちを誘惑におちいらせず、 悪からお救いください。 願い 「苦しい時の神頼み」ということばがあり、悪い意味で使われていますが、苦しいときだからこそ真剣に祈るというのは当然のことです。 苦しみの中からの叫びを神は必ず聞いてくださいます。 ただ、神に祈ればなんでも自分の思い通りになるというわけではありません。 むしろ、主の祈りにもあるように「み心が行われますように」という心に変えられていくことが大切です。 現代の多くの人々に愛されているある祈りのことばを紹介します。 神よ、 私に変えることのできないものは、 それを素直に受け容れるような心の平和を! 変えることのできるものは、 それを変える勇気を! そして変えられるものと変えられないものとを、 見分ける知恵を! この私にお与えください。 そこでは後悔や自責の念がおこってくるのが当然かもしれません。 そんなときには神にゆるしを願います。 しかし、自分のいたらなさだけを見つめることがないようにしたほうが良いのです。 むしろこのわたしを決して見捨てない神の愛と神が与えてくださっている恵みを思い、神に賛美と感謝をささげる心が大切です。 日々の生活の中で祈ることも大切で、特に朝の賛美、夕の感謝、食前・食後の祈りなどが勧められています。 沈黙 伝統的に「祈りは神との対話である」と言われています。 一方的にわたしが神に話すだけでは対話になりません。 むしろ、神が今のわたしに語りかけていることを受け取ろうとすることが祈りの中で大切です。 そのために絶対に必要なことは「沈黙」ということです。 人とともに、人のために 祈りは神とわたしが向き合う非常に内面的で個人的なことでもありますが、キリスト教では人と人とが一緒に祈ることも大切にしています。 また、自分のためだけではなく、人のために祈ることも大切にされてきました。 祈りは時間と空間を超えて、神のもとでわたしたちをつないでくれるものです。 一緒に祈ってくれる人がいる、互いに相手のために祈り合う、ということはわたしたちにとってすばらしい体験です。 教会は祈る共同体の中心にイエスの母マリアがいて祈っていてくださると信じて、次のように祈ってきました。 この祈りは「アヴェ・マリア」と呼ばれ、多くの人に親しまれてきた祈りです。 「アヴェ・マリアの祈り」 アヴェ、マリア、恵みに満ちた方、 主はあなたとともにおられます。 あなたは女のうちで祝福され、 ご胎内の御子イエスも祝福されています。 神の母聖マリア、 わたしたち罪びとのために、 今も、死を迎える時も、お祈りください。 アーメン。

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効果的な「祈りの方法」

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祈りの言葉コレクション 龍神の祈り〜流れに乗りたいときに〜 龍神様、 守り給い、 幸 ( さきは )え給え どうか飛躍する大きな流れをお作りください 起きた出来事の全てを知恵に変えてください 結果は全てお任せいたします 祈りの言葉の解説 龍神は、「流れ」「フロー」のマインドを象徴する神様。 現状維持を嫌い、過去を引きずらない。 素早い決断と行動で、変化を恐れず跳躍する。 やるときはとことんやる、やめるときはやめる。 そんな、 流れに乗ってチャレンジし、チャンスを取りに行くパワーを与えてくれる祈りです。 祈りを実践した所感 この祈りは去年、セミナーで教わりました。 私が今の仕事を始めてから3年目に入り、最初よりは技術が付いてきて、成果も出せるようになっていた頃です。 問題はないんだけれど、実はどことなく伸び悩む感じがして、意欲が落ちていました。 そこへ龍神の祈りを知って、気づきました。 ああ、自分は守りに入ってしまっていたんだなあ、と。 最初は、サイトの作り方も分からなかったし、文章も全然書けてなかったけれど、なんでもがむしゃらにやる勢いだけはありました。 とらわれずにどんどんチャレンジした結果、すべることも多かったけど、たまにビギナーズラックでバズることもありました。 あの頃のひたむきさ、何もできないけど何でもやってやるぞという無謀さを、私は忘れていたのです。 何もないときは失うものもなく、恐れずに飛び込めます。 ところが今まで積み上げてきたものがあると、手放すのは怖いし、現実的にもいっとき損をしてしまうこともあります。 私はそれでビビっていたのでした。 でも、龍神の祈りを続けていたら、手放してもきっと別の形になってまた返ってくるんだろうな、という不思議な安心感を感じるようになりました。 これからは、もう一度自分の殻を破って、囚われずにチャレンジして流れに乗って行こうと思います。 ゲシュタルトの祈り〜辛い人間関係をやめたいとき〜 私は私のことをする、あなたはあなたのことをする 私はあなたの期待に沿うためにこの世にいるのではない あなたは私の期待に沿うためにこの世にいるのではない あなたはあなた、私は私 それでもしお互いが出会うなら、素晴らしい もし出会えないなら、しかたがない 引用:『キレる私をやめたい』田房永子 祈りの言葉の解説 自分の意に反してでも他人の期待に応えようとして、息苦しく、身動きが取れなくなってしまったことはないでしょうか? パートナーに食事を作ってあげて、最初はただ喜んでもらえて嬉しかったのに、「ご飯まだ? 遅いよ〜」などと言われるとイラっとして嫌になってしまいますよね。 逆に自分が相手に期待して、それに応えてもらえなかったときも嫌な気持ちになります。 「子どもをお風呂に入れるのは自分がやるって言ってたのに、飲み会ばっかりで全然やってくれないんだから!」 「ゲシュタルトの祈り」はゲシュタルトセラピーという心理療法のワークで用いられています。 相手も自分もお互いがコントロールできる所有物ではないですよ、と心を「期待」から自由にしてくれる祈りの言葉です。 祈りを実践した所感 「毒親」のテーマで記事を書くときに調べ物をしていて発見しました。 うちの両親は愛情をかけて育ててくれ、むしろ甘やかしてくれた優しい親でしたが、 親子でお互いに期待は強かったのかなと思いました。 親は親で、定職(お堅いの)に就いて、結婚して子供を産んで、年に2回は帰省して、誕生日にはプレゼント交換などをしてほしい、と私に期待しているようです。 その全部を裏切ってるので申し訳ないな、とは思うんですが、私も私で親に期待がありました。 妹と差別しないで、奨学金とかじゃなくて学費を全部払ってくれて、あんまり干渉しないでほしい、と。 私が逆の立場だったら、とても無理なようなことを親に期待して、甘えていたのです。 ゲシュタルトの祈りの言葉は、手帳に書き写して時々ながめるようにしています。 そして、親に全く期待しない状態とはどんなだろう? と考えました。 「親だから」「親のくせに」と思うからいけないのかもしれません。 特に何も期待のない、隣の家のおじさん・おばさんが自分の時間を潰してお金も手間もかけて育ててくれたとしたら、何も不満なんかなくて、むしろ本当に有難うございますって感じなのになあ。 親だと思うと、やっぱりムカついちゃいます。 祈ろう。 愛を与える祈り〜悩まないために〜 私が幸せでありますように 私の苦しみがなくなりますように 私の願い事が叶えられれますように 私に悟りが訪れますように 私の周りの人が幸せでありますように 私の周りの人の苦しみがなくなりますように 私の周りの人の願い事が叶えられますように 私の周りの人に悟りが訪れますように 全ての生命が幸せでありますように 全ての生命の苦しみがなくなりますように 全ての生命の願いが叶えられますように 全ての生命に悟りが訪れますように あとは神様にお任せします 祈りの言葉の解説 誰にだって深刻な悩み事や、不安な事の1つや2つ、10個や20個はありますよね。 ネガティブな感情で頭がいっぱいになっていると、冷静な思考や判断ができず、結果的に現実がうまく進まず、恐れていたネガティブな事態を引き寄せてしまうことになります。 しかし、ネガティブなことを考えないようにしようとするのは、お腹が空いているのに食べるのを我慢しようとするのと同じぐらい無理があります。 そこでネガティブな考えから気をそらし、建設的に考えるために有効なのが「祈り」なのです。 試しに、上記の祈りを、1つ1つイメージしながら唱えて見てください。 同時に他の悩み事について考えるのは難しいですよね。 人の幸せを祈りながら自分のことで悩むのは不可能なんです。 祈りは、ただの神頼みではなく、感情の暴走を抑えて正しく行動し、現実をよくしていくためのセルフコントロール術であると言えます。 もちろん祈るだけでは何も起こりませんから、ちゃんと行動も必要ですよ。 祈りを実践した所感 この祈りをしばらく続けてみて、私は「神様って大変だなあ」と思いました。 本当に神様がいるかどうかは置いといて、もしも全人類の願いの声が毎日のように届く「神様のお客様センター」みたいなものがあるとしたら、きっとすごく忙しそうです。 例えば「明日の天気」ひとつを取っても、「明日から新婚旅行だから、いい天気になりますように」とお願いするカップルもいれば、「レギュラーを外されて試合を見に行きたくないから、どうか雨を降らせてください」と願う野球部員もいるでしょう。 周りの人みんなの、人類みんなの、全ての生命の願いが叶うなんて、一体どうしたらいいんでしょうか。 私の小さな頭では分かりませんが、神様の心労が少しでも減るように、なるべくみんなが良くなるように祈り、行動していこうと思いました。 「許す。 」 ありがとうございます。 結果は全て神様にお任せいたします。 かむながらたまちはえませ。 祈りの言葉の解説 神様、または天、宇宙などの大いなる存在に許可を願い、お任せするというイメージで行います。 「許す。 」はその大いなる存在と自分が一体化したような感覚で。 また、言葉の一つひとつを視覚的・感覚的にイメージしながら言います。 例えば「明るく」のところは、祈る対象の人が本当にパァーッと明るくなってまぶしい感覚で。 その人を「明るくなれ〜」と直接コントロールしようとするのではなく、あくまでも大いなる存在に向けて祈りを飛ばすようにしてください。 姿勢を正して、改まってやると効果的です。 最後の「かむながらたまちはえませ」は、「神様にお任せします」の意味。 祈りを実践した所感 今回、ご紹介した中でも最もパワフルな祈りだと思いました。 祈っている最中に胸のあたりがじんわり温かくなって、体が軽くなるのを感じます。 祈り終えてからも意欲が上がって、仕事も家の事もビシバシ行動できるようになりました。 教えてもらった人からは「事あるごとに祈ると良い」と言われ、ちょと集中力が切れてきたり、疲れたりして意欲がダウンしたときにはすかさず祈ってスイッチを入れ直すようにしています。 立志の祈り〜仕事の気合をいれたいとき〜 どうか今日も1日、 周りの方のお役に立てますように 神様のお役に立てますように 自分が成長できますように 祈りの言葉の解説 自分のことだけでなく、周りの人や世の中全体に意識を広げる祈り。 短く、シンプルですが、周りの人と一体感を感じて「みんなのために頑張ろう!」という意欲が湧いてきます。 朝一番、または仕事を始める前に行うのがおすすめ。 祈りを実践した所感 周りの人の役に立つのは、ちゃんとやろうとすると案内難しいものだなと思いました。 この人は何を目指しているんだろう、何が好きで、何に困っているんだろう? 私は周りの人をちっとも見ていなくて、何をしてあげたら良いかわからなかったのです。 そこで、近しい人の名前をノートに1ページずつ書いて、やってあげたいことを書き出してみました。 最初はなかなか思い浮かびませんでしたが、祈りを続けながら「何かないかな〜」と考え続けて思いついたことを書き、1つずつ実行して行きました。 そんな大したことは思い浮かばなくて、「メルマガの感想をちゃんと書いて送る」とか「常温の水が好きだから、使わないかもしれないけど準備して持って行ってあげる」とか、小さなことしかできませんでした。 それでも、意識を向けていたせいか、何となく周りの人とより仲良くなれたような気がしました。 期待に全部答えれば良いというわけでもないので難しいのですが、失敗してもチャレンジしてみると本当に喜ばれるのでおすすめです! 祈りの言葉|まとめ 祈りは、なんでもかんでも神頼みで自分は何もせず依存するものではなくて、自分の意識を高めて、期待や執着をいっときでも手放し、ビシバシ行動して現実をよくするものです。 一人でも多くの方に、人生をもっと楽しんでもらえたらいいな、と思いこのブログを書いています。 私はほんの3年前ぐらいまで、真っ暗闇のどん底の中にいました。 信じていた人に見捨てられ、寂しさを紛らわすように刺激的なゲームやネットの掲示板や動画を見まくり、一食にご飯を2合食べるほどの過食も止まらず、コンビニの袋だらけでゴミ屋敷寸前・・・。 人と比べては「自分はダメだ」と落ち込む日々でした。 ところが、私の先生であり、最も頼れる友人でもある佐藤 想一郎 ( そういちろう )さんに出会って、人生が全く逆の方向に回り出しました。 まだ20代なのが信じられないくらい色んな経験をしていて知識も豊富なのですが、何よりも「良い未来」を信じさせてくれる不思議な説得力があります。 そんな想一郎さんのメルマガを読んで、次々と奇跡のようなことが起こりました。 今は、過食が治り、ライターとして独立し、安定した収入を得て、一緒に成長していける仲間達とも出会たんです! もっと多くの人に人生を楽しんでもらいたいという思いから、このブログでは、想一郎さんの無料メルマガ『奇跡の扉』を紹介しています。 「人生を変えたい!」という人は、ぜひこの下の案内を読んでみてください。 佐藤 想一郎(さとう そういちろう) 株式会社ホロスパートナーズ代表取締役 ライフアドバイザー・ストーリーライター SPIRAL主催・講師 21歳でオンラインビジネスで起業。 文章を使った情報発信を研究し、1年間で1人で1000万円の利益を出す。 その実績と経験を元に、ウェブマーケティングのコンサルタントをするようになる。 26歳になると、節税のためだけに会社を設立し、その後も売上は上がり続け、年間で1億円近い結果を出す。 ビジネスを教えるようになるも、ビジネスだけ教えていても人生は良くならない人がいることに葛藤。 精神世界、自己啓発、哲学、心理学、宗教、教育などの分野を学び、それを分かりやすく教えるようになる。 お金と時間の自由を手に入れ、毎週のように旅行に行くようなセミリタイア生活を実現。 しかし、それに溺れてしまい、トラブルを引き寄せるようになる。 華やかな結果と真逆に、不幸になり、どん底の最中で「人生を学びたい」と切望。 その後、奇跡の縁を次々と引き寄せ、人生の本質(グランドセオリー)を学ぶ。 今までの知識を統合。 特に、ストーリーを使ったセールスコピーライティングに精通。 感情を煽る文章ではなく、魂に響かせる文章を研究中。 現在は、心から信頼できる仲間と共に、情報発信やセミナー講師などの活動を通して、人々の次元を上げる手伝いをする。 2020年からは「影響力がある人を増やし、本当に良いものを広げられる人を増やす」という理念のコミュニティ「SPIRAL(スパイラル)」を開始。 好きなことは、写真撮影・マジック・神社参拝・ガジェット・神秘的なもの・アニメ・ストーリー・ご縁繋ぎ。

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