油木 ダム の 貯水 率。 行橋市に恵みの雨により、油木ダムの貯水率は7/6 現在63.7%となった。

貯水量情報

油木 ダム の 貯水 率

原水は油木ダム系今川と、山口ダムより取水しています。 二崎浄水場では、現在1日約10,000m 3の配水をしています。 (今川約8,000m 3、山口ダム約2,000m 3)苅田町の約8割の水道水を、この浄水場にて処理し、供給しています。 所在地 〒800-0322 福岡県京都郡苅田町大字二崎58番地1 電話 0930-22-6923 FAX 0930-25-2514 南原浄水場~ 平成元年完成 ~ 南原浄水場は、平成元年に築造され供給能力は7,000m 3/日です。 原水は井ノ口池より取水しています。 南原浄水場では、現在1日約3,000m 3の配水をしています。 浄水場では快適でおいしい水づくりに努めていますが、水質の悪化等さまざまな問題が生じてきます。 ここでは、水道水の問題や疑問点、その原因を一部紹介します。 (状況) 水道水に塩素臭(カルキ臭)がする (原因) 水道水には消毒のため塩素を注入しなければなりません。 このため塩素臭がすることがあります。 (状況) 水道水から赤水や濁水がでる。 (原因) 水道管内の錆等が原因と考えられます。 水道工事などで流速や流量が変化するときに管内の錆等がはがれるためです。 (状況) 水道水から白水がでる (原因) 給水工事などによって水道管内に空気がたまり、工事後に通水してもすぐには抜けきれないため、それが細かな気泡となって白く見えることによるものです。

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一般向け ダム概況表

油木 ダム の 貯水 率

「福岡県主要ダム貯水状況」の更新について 毎月の1日、3日、6日、9日、11日、13日、16日、19日、21日、23日、26日、29日のデータを当日の午後2時頃に公表します。 上記公表日以外にも、必要と認められる場合には、公表する場合がございます。 (公表日が土日祝日の場合は、翌日に上記公表日と当日の情報を併せて掲載します。 諸事情により更新が遅れる場合がありますのでご了承ください。 ) また、大山ダムは大分県所在のダムですが、筑後地域と福岡地域に水道用水が供給されるなど、本県において重要なダムであるため、運用が開始された平成25年4月1日から主要ダムに追加しています。 日向神ダム、南畑ダム、油木ダム、力丸ダムについては、洪水調節容量(洪水期に備えた空容量)を確保するため、梅雨期、台風期に利水容量が減少します。 利水容量の変更前後では、貯水量にかかわらず貯水率が大きく変化します。 【システム上の注意点】 インターネット閲覧ソフト(ブラウザ)で、以前閲覧した時点の情報が表示されることがありますので、最新の情報に更新(再読み込み)することをお勧めします。 江川ダムについては、小石原川ダムの試験湛水期間中は小石原川ダムに一旦試験貯留された水量を加算して表示しておりますので、実際の江川ダム貯水量とは異なります。 福岡県から節水のお願いです。

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北九州市の水源状況

油木 ダム の 貯水 率

油木ダム 所在地 左岸:大字津野字並屋敷 右岸:福岡県田川郡添田町大字津野 位置 河川 水系今川 ダム湖 - ダム型式 堤高 54. 6 堤頂長 218. 0 m 堤体積 175,000 流域面積 32. 6 湛水面積 93. 福岡県田川土木事務所が管理するで、高さ54. 今川のと田川郡の、及びやへの利水を目的としているであり、 北九州市の水がめの一つでもある。 ダムによって形成されたは、完成から40年近くが経過しているが名称は付けられていない。 地理 [ ] 今川は福岡県豊前地域において・(はらいがわ)と並ぶ代表的なであり、その長さは38. 7、は120. 0の中規模な河川である。 の中心的観光地の一つ・ の北麓を水源として概ね北東に流路をとり、においてに注ぐ。 流域には行橋市をはじめ京都郡(かんだまち)・、田川郡添田町・があり流域の重要な水源となっている。 ダムは上流部の添田町・旧津野村地区に建設された。 沿革 [ ] 北九州地区ではが稼働して以降、急速にが盛んとなり人口が増加していった。 このためから水道の供給が不足しており、八幡製鉄所によってが建設されたほか、多くの水道用ダムが建設された。 本来この地域はに属しているため、は少ない地域であった。 ゆえに古くから水不足が頻発する地域であったが、 の拡大はその水不足に拍車を掛けた状態であった。 また流域は・15万石の重要な穀倉地帯であったが、先に述べた気候的要因もあって農業用水の補給は困難を極めていた。 このため京都郡や田川郡のあちこちに農業用のが多く建設されたが、根本的解決にはならなかった。 これに加え、今川は河川改修が余り進んでいなかった。 このためにも悩まされることが多かったが、(昭和28年)、やをはじめ九州北部のあらゆる河川を暴れさせた「 」では、至る場所でが決壊して今川流域においても壊滅的な被害を受けた。 この豪雨を機に(現在の)は筑後川のを計画したが、福岡県でも遠賀川流域や今川流域などで大規模な河川改修を計画した。 だが、今川流域には比較的人口や農地が多く、全面的に改修を行うのが困難であった。 (昭和25年)、はを成立させた。 これはによって疲弊した日本経済を回復させるためにを促進させるという目的を持った法律であり、特に重点的に開発を実施する地域を22地域選び「」を実施した。 九州では「対馬」・「阿蘇」・「南九州」地域が選ばれたが、北九州についても戦争中ので破壊された北九州工業地帯の再建と生産力増強を図るために 北九州特定地域総合開発計画が定められた。 この中で工業地帯への用水供給の確保が重要視され、かつ食糧不足解消のために農地面積を拡大する必要性もあって整備も並行して計画された。 この計画はに伴いさらに強化され、としてより拡充されて行った。 このような観点から、北九州最大の河川である遠賀川水系と紫川水系、今川水系において河川総合開発事業を行い、流域の治水と水道供給、かんがい用水供給を確保することを計画の中心にすえた。 そして複数の目的を果たすことが可能な の建設を福岡県は推し進め、よりの補助を得て遠賀川水系の八木山川に 、中元寺川に を計画し、紫川には ます淵ダムを計画した。 そして今川水系でも多目的ダムによる河川開発が計画され、(昭和40年)に「 今川総合開発事業」として田川郡津野村油木にダムが着工された。 これが 油木ダムである。 補償 [ ] ダム計画が発表されたのは(昭和36年)であった。 ダム地点は今川の狭窄部にあたりここに建設することにより十分なが確保でき、コストパフォーマンスの面でも有効というのが理由であった。 だがダム計画が発表されると津野地区の住民はこぞってダム建設に反対した。 その理由は水没対象地域が津野地区の中心部に当たり、民家のみならず町役場支所など地域の主要公共機関全てが水没するためであったからである。 このため補償交渉は極めて難航し、住民は将来の生活不安もあって高額の移転補償金を要求した。 事業者である福岡県は度重なる折衝を行ったが、交渉は長期化して三年にも及んだ。 計画発表から七年が経過し最終的に(昭和43年)3月、住民代表との間で補償交渉が妥結しダム事業は着工の運びとなった。 だが油木ダム建設によって町営住宅など155戸の住居をはじめ津野支所・小学校・中学校・郵便局・駐在所・消防支所・公民館・農協支所が水没した。 北九州市発展の礎として、住民は尊い犠牲になったともいえる。 この後ダム本体工事に着手し、地質が良くない場所に対してコンクリートで水をさえぎる壁(遮水壁)を施工するなどの対策を施しながら(昭和46年)、計画発表から丸十年を費やしてダムは完成した。 なお渇水時にはダム底に沈んだ津野集落の住居跡に残されたや今川に架かっていた橋が姿を現すこともある。 ちなみにこの橋は(平成6年)、(平成14年)、(平成19年)の渇水時に姿を現している。 目的 [ ] 油木ダムの目的は 、 、 および 供給 、の五つであり、多目的ダムの中では用途が広いダムである。 洪水調節については1953年6月梅雨前線豪雨時の洪水を基準()として定め、犀川町において毎秒870の洪水を毎秒260トンカットし洪水量を毎秒610トンに削減する。 不特定利水については、今川流域の農地に対し分の取水量を補うための供給量をし、1,164の農地に農業用水を補給する。 上水道についてはによって北九州市に一日量85,000トン、行橋市と苅田町にそれぞれ一日量20,000トンを供給。 工業用水については京都地区工業地域に一日量25,000トンを供給する。 水力発電は北九州市に送水する上水道を利用して 油木発電所を建設し、認可出力780と並の電力を産み出す。 これは電力行政を管掌するが小規模水力エネルギーの活用を推奨していることにより、後から付加された目的である。 このような目的から、油木ダムは力丸ダム、ます淵ダム、頓田第一・第二貯水池、畑ダム、松ヶ江ダムと共に「 北九州市の水がめ」となっている。 この後遠賀川河口堰(遠賀川)や()・(山移川)といった北九州市に水道を供給するのも完成し、これらのダム群によって北九州市・北九州工業地帯は安定した水道供給が行われた。 しかし、近年の・の影響で元来瀬戸内海気候で降水量の少ないこの地域は深刻な水不足が頻発。 油木ダムも取水制限に踏み切ることが多い。 このため水供給の強化を図る目的で、今川の東隣を流れる祓川の上流部に現在 伊良原ダム(いらはらダム)が建設されている。 利水権に関しては、近年度々渇水が起こっていることから、 現在は他に大きな水源を持たない京築・田川の市町村が優先される。 渇水時には北九州市向けの送水は大幅にカットされ、その分を京築・田川方面に回す融通策が取られるが、この融通策を以てしても渇水の根本的な解決策とはなっていない。 アクセス [ ] 油木ダムへは(篠栗街道)で田川郡中心部からに入り、そのまま英彦山方面に南下すると到着する。 行橋市方面からはを赤村方面へ西進し、赤村で県道418号に左折すれば道なりに到着する。 公共交通機関では・か・が最寄の下車駅となる。 関連項目 [ ]• ・ 参考文献 [ ]• 監修・全国河川総合開発促進期成同盟会編 「日本の多目的ダム」1972年版:山海堂。 建設省河川局監修・全国河川総合開発促進期成同盟会編 「日本の多目的ダム 補助編」1980年版:山海堂。 外部リンク [ ]•

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