モーゼ の 十戒。 モーセの十戒の内容は何なのか?モーセは何から逃げていたのか?超簡単に解説してみます。

「モーセの十戒」とは?キリストの教えとイスラム教との関係も

モーゼ の 十戒

モーセの十戒のお話は、旧約聖書の出エジプト記に出て参ります。 十戒と言うのは、シナイ山に於いて、神様がモーセを通じて与えた、人々が守るべき戒律(神様の法律)です。 そして、この神様が人類に御与えになられた戒律が、現代の多くの国々の国家の法律の根幹になって居ます。 …以下が、我々が守るべき、神様の法律です。 第一戒 私のほかに、ほかの神々があってはならない。 第二戒 偶像を造ってはならない。 第三戒 主の御名を、みだりに唱えてはならない。 第四戒 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。 第五戒 貴方の父と母を敬え。 第六戒 殺してはならない。 第七戒 姦淫してはならない。 第八戒 盗んではならない。 第九戒 偽りの証言をしてはならない。 第十戒 貴方の隣人の家を欲しがってはならない。 …以上が十戒です。 初めて、キリスト教を学ぶ皆さんは、少々わかりにくいと思いますので、これから解説して参ります。 まず、第一戒と第二戒の意味に付いてご説明致します。 そもそも、イスラエルの民はエジプトに430年程居りました。 当初は、エジプト王パロに優遇されて居たのですが、次第にパロの奴隷にされて行きました。 イスラエルの民が居た頃のエジプトは、太陽神ラーをはじめとする多神教で、それらエジプトの神々の偶像が造られました。 そして、エジプトの人々は、人が造った偶像を神と崇めて拝んだのです。 イスラエルの民の中にも、エジプトの神々の偶像を崇拝する者が多く居て、この事を神様は、十戒の中で叱って居られます。 日本人の多くも、古代エジプトと同じで、様々な仏像を拝みますが、これこそが、神様が禁止された偶像崇拝なのです。 (神と仏は異なりますが、考え方は同じです。 ) 「神様は唯一であり、唯一の神のみを礼拝しなければいけません。 」 次に、第三戒と第四戒の意味に付いてご説明致します。 この二つの戒律は、神様の礼拝にも秩序が必要である事を解いて居ます。 簡単に言えば、礼拝のルールみたいなものです。 また、「主の御名を、みだりに唱えてはいけない。 」と言う戒律には、もう少し深い意味があって、インチキな宗教家が、神様の名前を都合良く使い、民衆からお金を取る行為を戒めてもいます。 (現代でもよくある行為です。 ) その次の、第五戒、第六戒、第七戒に関しては、当たり前と言うか、これさえも守れない様では人間失格と言う様な教えです。 そして、最後、第八戒、第九戒、第十戒ですが、これは隣人を愛するキリスト教らしい教えです。 最初の人類は、神様により創造されました。 今の私達は、その人類の血を引き継ぎます。 つまり、私達は誰もが兄弟姉妹であります。 だからこそ、自分勝手に生きて、他の兄弟を傷つける様な事は、絶対しては行けないと教えて居ます。 …これら十戒は、神様と人類との契約です。 この旧約聖書での戒律を100%守れる人は居ないはずです。 では、我々に神様の救いはないのでしょうか? いいえ、そんな事はありません。 旧約の次の新約(キリスト以降の新しい神様との契約)によって、全ての人が救われる事を知る事になります。 …旧約を守れない私達は、全てが罪人です。 その罪人である我々の罪を赦す為に、キリストは自ら生け贄になり、その流した血によって、私達の罪を消して下さったのです。 「これら律法の本当の目的は、私達をキリストに導く事なのです。

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モーゼの十戒と海が割れるのってどう関係あるんでしょうか? ...

モーゼ の 十戒

正教会・聖公会・プロテスタント(ルーテル教会以外)の場合 [ ]• 主がであること• を作ってはならないこと(の禁止)• 神の名をみだりに唱えてはならないこと• を守ること• を敬うこと• をしてはいけないこと(汝、殺す勿れ)• をしてはいけないこと• はいけないこと(汝、盗む勿れ)• 隣人について偽証してはいけないこと• 隣人の財産をむさぼってはいけないこと 1から4までは神と人との関係であり、5から10までは人と人に関する項目(同時にの根幹)である。 のはであるが、ではのの日であるを「主の日」と呼び、日曜日をとして礼拝している。 カトリック教会・ルーテル教会の場合 [ ] わたしはあなたの主なる神である。 わたしのほかに神があってはならない。 あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。 主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。 あなたの父母を敬え。 殺してはならない。 姦淫してはならない。 盗んではならない。 隣人に関して偽証してはならない。 隣人の妻を欲してはならない。 隣人の財産を欲してはならない。 脚注 [ ] 注釈 [ ].

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モーセの十戒とは?10の意味する内容を分かりやすく解説!

モーゼ の 十戒

もちろん日本人の宗教観と 世界の宗教観は異なるものです。 アブラハム系宗教 と呼ばれるもののうち、 ユダヤ教には、 キリスト教でいうイエス・キリスト イスラム教でいうムハンマド に相当する創始者はいません。 つまりユダヤ教は長い時間を かけてゆっくり形作られた 宗教と考えられていますが、 ユダヤ民族の父祖とされる アブラハムは、 神ヤハウェと契約を結び、 今のメソポタミア地方から 約束の地カナンへ(今のパレスチナ) 一族共に移り住んだと言われます。 これが紀元前19世紀頃の事です。 アブラハムの孫ヤコブの代に ユダヤ民族はエジプトへと 移り住みますが、 彼らはその後、エジプト人の 奴隷にされてしまいます。 すっかり奴隷根性が染み付いた 彼らをエジプトから脱出させ、 40年も荒野で放浪させて 鍛え直したとされるのが、 「モーセ」です。 モーセの十戒と神との契約、掟 つまり、 モーセは指導者ですが 創始者ではないのです。 ただ「海を割る」などモーセも 数々の奇跡が伝えられています。 こうした出来事はもちろん、 旧約聖書に書かれた伝承で、 歴史事実とは認められていませんが、 ユダヤ人は幼少期からこうした 神との契約、掟などを色々と学びます。 例えば有名な、 「モーセの十戒」 というものがあります。 モーセは紀元前13世紀ごろ活躍した 古代イスラエルの民族指導者ですが、 モーセの教えはユダヤ教だけでなく、 キリスト教、イスラム教 およびバハーイー教など 多くの宗教において理想像として 捉えられています。 旧約聖書の 「創世記」 「出エジプト記」 「レビ記」 「民数記」 「申命記」 はモーセが記したとされています。 中でも有名な十戒はトーラーの 出エジプト記(20章)の中にある 神がモーセを通じてユダヤ民族に 授けた十の掟の事です。 シナイ山で神から戒律を 授かるわけです。 モーセの十戒はどんなものか? 先ほども言いましたが、 宗教にはたいてい創始者がいます。 仏教の創始者は仏陀であり、 キリスト教の創始者は ご存知の通りイエス・キリスト ですが、ユダヤ教には明確な 始祖は存在しないのです。 ただその中でも最も重要な人物が、 預言者モーセという事です。 モーセはシナイ山で 神との契約をもたらしました。 だから予言では無く預言なのです。 未来を読む予測するのが 予言(predict) 神からの言葉を預かるのが 預言(prophet) という事です。 しかし当時のイスラエルの民は たびたび戒律を破っていたそうです。 そんな神との掟を遵守しなければ、 ユダヤ民族は歴史の過程で の道を踏み誤り、 ユダヤ人としての統合的な アイデンティティも喪失すると危惧し シナイ山山頂で神から授与された 10の戒律を再確認して、 ユダヤの人々に公布し、それを 厳守するように導いたのです。 この10個の戒律が、ユダヤ人の 宗教規範の原理となる 『モーセの十戒』 です。 1.私はあなたの神、主である 2.あなたは私の他に、 何ものをも神としてはならない 3.あなたは刻んだ像を作って 神としてはならない 4.を覚えて、これを聖とせよ 5.あなたの父と母を敬え 6.あなたは殺してはならない 7.あなたは姦淫してはならない 8.あなたは盗んではならない 9.あなたは隣人について、 偽証してはならない 10.あなたは隣人の家を むさぼってはならない これはユダヤ教の最も 基本となる教えです。 神の掟、戒律を守るユダヤ人 トーラーではこの後、 これをもっと細かく具体的に 定めている箇所があります。 例えばモーセの十戒の 3.あなたは刻んだ像を作って 神としてはならない という掟の後、 「それにひれ伏してはならない、 それに仕えてはならない、 あなたの神、主である私は ねたむ神であるから、 私を憎むものには父の罪を 子に報いて3、4代に及ぼし、 私を愛し、私の戒めを守るものには 恵みをて、千代に至るであろう」 という言葉がつきます。 モーセの十戒を読んで分かるように 「盗んではいけない」 「人を殺してはいけない」 「父母を敬え」 といった人間としての 基本を教えています。 特定の宗教の教義というよりも、 人として生きる上で、当然 知らなくてはいけない内容を ユダヤ人は幼少期、5歳くらいから 徹底的に学ぶのです。 死んだら終わり…ユダヤ教の死生観 また宗教にとって なくてはならないのが、 死生観、死後の世界 についてでしょう。 キリスト教やイスラム教は 死後、天上の楽園が約束されます。 また東洋の仏教の死生観でも 極楽浄土という考え方はあります。 しかしユダヤ聖書には、 天国という明確な概念はありません。 (地獄も無いわけですが) 死後の世界、来世で報われる という考えが無いので、 死んだら終わりなのです。 それがゆえに現世志向が強くなり、 この世の人生を何より大切に 考えるようになります。 葬儀などもあくまで質素なものです。 こうしたある意味厳しい死生観は、 世界宗教人口の54%を占める キリスト教徒イスラム教に比べ、 ユダヤ教は0.2%という、 信徒の獲得の少なさに つながっているかも知れません。 モーセの十戒とユダヤ人の生活 もちろんこのサイトでは 特定の宗教を進めるわけでも、 比較して優位性を語る ものでもありません。 しかしこうした宗教観や死生観は 信念となり私たちの人生に大きく 関わる事は確かです。 日本ではかつてあった 「教育勅語」 その内容は 「両親を尊びなさい」 「仲よくしなさい」 といった内容で、 それと良く似ていますが、 これは時の政府によって 国民に向け示されたもので、 モーセの十戒は万古不変の 「神の掟」 として定められている事です。 モーセはかのが 憧れを抱いた人物ですが、 その人物像が正確に伝わっているか と言われれば疑問も浮かびます。 ただ現代人の目から見れば 当たり前のような十戒の内容でも、 これが書かれた3千年以上前 となるとそうではなかったようです。 そしてこのユダヤ人のトーラーが 基本となり現代文明の基礎とも言える キリスト教も生まれたのです。 つまり、 現代人の生活の基本とも言えるのが、 トーラーの教えやモーセの十戒と 言えるのかもしれません。 ユダヤ人の神の掟や契約、 死生観から来る、 考え方やライフスタイルを学ぶ事に 意義があるのではないでしょうか。

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