バンプオブチキン。 バンプオブチキンの「RAY」に今更ハマって紹介したくなっちゃった

BUMP OF CHICKENとは (バンプオブチキンとは) [単語記事]

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この曲は90万枚近いヒットを果たして、 この曲を発端にテレビドラマ【天体観測:主演】が作られたのも大きな話題を呼んだ。 翌年出した初のスタジオアルバム【jupiter】は、93万枚と、見事にブレイクの波に乗ったと言える。 しかし、音楽業界というのは一発屋が当たり前で、 数年経つと、音楽の流行の変化とともに消えていくの常だ。 そのため、メジャーデビューしたバンドと言えど10年以内に解散してしまうことが多い そこまでいかなくても停滞期ぐらいあるものだ。 しかしBUMP OF CHICKENは、「天体観測」以降、アルバムで20万枚売上を下回ったことは、1度もない。 CDなんて殆ど売れない直近の2019年に出したアルバムさえ20万枚を突破している。 シングルも、ほとんどが20万、30万以上。 10万台でさえまれなぐらいだ。 まさしく、日本を代表する超ロングヒットバンドの1つと言える。 こんな素晴らしいバンドが、幼稚園からの幼馴染4人で構成されたことすら伝説である。 理由は、BUMP OF CHICKENがヒットした2000年代は、すでにCDが売れなくなる時代に差し掛かっていたことだ。 もっと時代が前だったならば、倍は売れていたかもしれないなー。 現在のBUMP OF CHICKENの人気を見れば、そう思ってしまうのも仕方がない バンプオブチキンBUMP OF CHICKENの現在:今の人気 2000年頃からブレイクしたBUMP OF CHICKENは、 今なおトップバンドとして走り続けている。 2019年の3年半ぶりのアルバム【aurora arc】は20万枚売上を達成している。 今の御時世、しかもオリジナルアルバムで達成しているのがスゴイ。 平成カラオケランキングでは、 曲部門で【天体観測】が8位 アーティスト部門で19位 2018年のカラオケランキングでは アーティスト部門で、10位 2019年のカラオケランキングでは アーティスト部門では不明ながら、【天体観測】が28位だ。

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BUMP OF CHICKENバンプオブチキンの現在【メンバー結婚】ボーカル藤原基央,増川弘明,直井由文,升秀夫

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また、の4人はからのというしいでもある。 メンバー• (ふじわらもとお)- 、、、 として個人で楽曲をすることもある(詳しくは参照)• (ますかわひろあき)-• (なおいよしふみ)-• (ますひでお)- 楽曲 数多くの代表曲を持つため、どれかしら一度は聴いたことがあるものも多いはず。 ごく一部を抜する(詳しくは次項「来歴」へ)。 代表曲:「」、「の名」(『』)、「」(とした、出場曲)など :「li y」(『』)、「」(『』)、「」(『』)、「」(『』)、「GO」(『』)など 的に有名:「」「」「」など(を支えた楽曲)、「」(にを受けて作られた)、「」「」(を多数生んだ曲)など 来歴 -3年生の時に校のへ向けてを結成。 -を持って次々と各地の大会へ出場し結成したばかりのながらほとんどの大会でプリを総なめ。 同年にはがをし、本格的に活動へのめり込むようになっていた。 初の単独での・となった「Y」(後にの形で収録)や、「BUMP OF CHICKEN」などもこの頃にする。 - B in に「」(のちの『 VN』収録曲)でエントリー、全大会でプリを獲得。 その後、都内での、内を経験したのちに初の音となる「BUMP OF CHICKEN(の)」「Y」「」等を収録したテープの・配布を開始。 -増やののため一時活動休止。 -劇団「」演の『はしるおんな』に生役としてが出演。 も6曲ほど演のために書き下ろす。 -レコーズから『 VN』をした。 多忙をぬって強行的に行なわれた期間はわずか3日間であった。 にはも放送中の番組「」が放送開始。 -『THE G DEAD』を同じくレコーズから。 この2つのはともに盤となり、に再発盤が出された。 「」をし、からした。 -「」を発売、や宣伝がなかったにも関わらずを呼び大(当時、将来有望開拓に定評があったなど、数々の曲からーローテーションーに抜され、推されていたのも大きい) -を聴き感動したがそれを元にしたを、に同のが放映。 には「」を含んだ1作の「」が発売され、初の週間チャート初登場を記録。 -楽曲の「li y」は『 THE の冒険』のとなった。 -に地元の民体育館にて全招待制を行い、に2枚通算4枚の「ユグシル」が発売されこれも週間チャートで初登場を獲得している。 にはで2日間3万人を動員する単独としては最大規模のを行う。 さらに、発売にも関わらずの年間では9位になった。 -に作品『』を。 には、「s」曲として起用された表題曲を含む1年ぶりの「のさと」を発売。 同時に自己初動記録をした。 -『A 続・』のとなった「の名」を「」と同時。 の名が、がとなり、史上7組の1、を独占することとなった。 またの名発売時において行われた世代別層調では全ての世代から以上とかなりの高得点を記録し幅広い世代から支持されていることが分かった。 同年に通算5枚の「 al d 」 を発売。 絵本のような構成のがを呼んだ。 ちなみにこの年にが開設、の曲を使ったが多く、され始めた。 -この年は立った活動がなく集が発売されるだけとなった。 また、今作でとしては初めて、「」「 」それぞVがのにて開された。 -1「」と、th「の ~君から君へ~」の2週連続し2週連続のを記録。 間のも独占する結果となった。 ちなみにのはの・として起用された。 -勢いは止まらず、19th「の唄」を発売。 『』のとしてになった。 続く20th「」は、同年に起こった復のとして起用された。 これは同にの氏のが抜された際に、氏からの直接の名を受けて二日間という短期間で書き下ろされた楽曲である。 氏の描く人々の繊細な微笑みと優しくも懸命な歌のは多くの人の胸を打ち、期間限定にも関わらず前作を上回る売り上げを記録した。 は償でに協したという。 本作の収益はを通じてに送られた。 尚、のはそれぞれ個人でも寄付をしている。 同年、「」を。 のでもある本作は、曲の度の高さもさることながらに実に3年半ぶりとなるの先行応募券が同封されたことで注を集めた。 久しぶりのということもありチケット争奪戦は例年以上に熾を極め、一般販売の際には「2で売」「10:00売」とも噂される前代未聞の事態が発生し大きなを呼んだ。 -に「グッック」が発売決定。 には待望の先行応募券が同封されることが発表された。 からにかけて全「 GR 」を行う。 には「fly」を。 の番組「息もできない」のに起用され、「」以来のを行った。 - に史上初となる「 GR 」のを収めた・を発売。 さらに前年から続く盤の波に乗り、までのを中心とした「BUMP OF CHICKEN 1 [1-2004]」「BUMP OF CHICKEN 2 [-0]」を2同時で 発売すると、ではを独占。 さらににをすると、のでは初めてで。 その上では翌年に3年ぶりの「」をすることを発表。 -に3年ぶりの「」を発売すると、 ートで初登場を記録。 この年も順調な滑り出しを見せたかに思えたが、が肺(〜代の痩せ形のがかかりやすい)を患っていたことが判明し、手術を受けたため、末に予定されていた演が延期となった。 その後、順調に回復し、予定通りから「P 4」をさせると、には初の演、には延期されていたでのを開催し、、初の演でを迎えた。 にはで初披露された「 were 」を配信限定した。 さらに、には「」との楽曲「」を配信限定。 翌29日にもの「」の「パレード」をこちらも配信限定でした。 また、には、作品の翌年に先駆け、初のが全20劇場、2週間限定で開され、開日のには初のも開催された。 には、『』のとして書き下ろされた「」と、『 編』のである「ニー」をに収録した、およそ3年ぶりとなるを。 さらに同の発売を記念したを()と()で開催。 ほぼ1年ぶりのということも相まってチケット購入の申し込みが殺到し、急遽演の(として初)が全ので実施された。 に前後しての「」にと翌年の2回出演。 短い期間の間に2回も出演することがそもそも異例だが、のが番組に多く寄せられたため、にが放送された。 -に1年11ヶぶりの「fls」をすると、結成日とされてきたに結成20周年記念「20」を地元ので開催。 これまであまりされてこなかった曲をするなど、曲満載のとなった。 にはスタジアアー「LY」が。 ・・をまわり、はスタジアムでの2(・日)演となった。 インターネット及びニコニコにおける評価 にの楽曲が多く使われ様々なでを集める。 が出来てからも同様にの楽曲を用いたやが多く作られる。 そのため曲・曲なども知名度が高い。 当然曲の・も多数存在し大勢の人から再生されている。 また、ののの「」は隠しながら並に高いを呼び多くので記事になったりでかれたりするどころか雑誌でまでその度を評された。 でもでも全中、最も再生されたがあった。 ではのがを達成した後しばらくして。 でも曲を集めたが関連で再生・ともにだったが末日に。 時点では他ののも含め、団体により多くのがされ、昔にべの数が格段に減った。 は、所属元のが版権に厳しいこともあり、での楽曲を聴くことが出来る機会はほとんどない。 アーティストによる評価 同業者、つまり・からの評価も高く同時に技術も多大な評価を受け、である「の名」に至ってはで作れるの曲ではなで絶賛されている。 例として、の、の、の小渕郎、、、の仁、の、、、の正文、の洋・、の、の、援隊のなどがを言している。 からのを一部紹介 ・・・「のに加わりたい」「の作る楽曲はの」「プライベートではもうとしか聴いていない」 小渕郎・・・「ずっと昔からで今も毎回を買っているしも見にいってる」 ・・・「から薦められたを聴いて衝撃を受けた、二十歳やそこらのが作ったというのが驚き」 ・・・「がちゃんとしててそういうが書ける人ってには少ないからさんとは一度お会いしたい」「すっと心の中に入ってくる。 ななんだけども泣けるし、素敵。 」 正文・・・「を聴いて、ができるきっかけとなった曲」 関連動画 関連マイリスト 関連コミュニティ 関連商品 発売日が新しい順に掲載。 尚、期間限定盤や盤になったものに関しては掲載せず。 ・ また、の「ナド・ーズ」に「ボウ」ので参加している。 関連リンク• 関連タグ• 楽曲記事• 関連項目•

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BUMP OF CHICKEN(バンプオブチキン)をYouTube無料視聴できるのはいつまで?どのライブ映像かも調査! | monjiroBLOG

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オリコン1位は「通過点」 —— 米津玄師さんは今、もっともユニークな形で成功をおさめているミュージシャンだと思います。 米津玄師(以下、米津) ありがとうございます。 —— アルバムをリリースして、ロックフェスのヘッドライナーとしてステージに立ちつつ、ミュージックビデオでは自ら描いたイラストのアニメーション映像を作っている。 今回はリリースのタイミングでのインタビューというより、米津さんという人間の心のありかについても掘り下げて伺いたいんです。 米津 よろしくお願いします。 柴さんには、楽曲について今年もいっぱい話聞いてもらいましたからね。 —— 改めてのところもあると思いますが、どうぞよろしくお願いします。 まず、2015年はいわゆる「飛躍の一年」になったと思うんですが、振り返っていかがですか。 米津 そうですね。 すごく充実した年だったと思います。 去年以上でしたね。 4月にツアーをやって、夏フェスにも出て、シングルも2枚出して、アルバムも作った。 すごい勢いでやってきて、結果もそれなりについてきたんで、一安心って感じですね。 —— 今年10月にリリースされたアルバム『Bremen』は、オリコンチャート1位を記録して、日本レコード大賞の優秀賞も受賞しました。 『Bremen』 米津 はい。 —— セールス的な結果が出たわけですが、手応えは? 米津 そうですね。 オリコンで1位をとりたいっていうのは最初にこの名前で作った『diorama』というアルバムの時から思ってたことだし、数あるうちの目標の一つだったので。 それが今回実現できたのは、純粋にうれしかったです。 ただ、「通過点」だとは思いますね。 —— 1位をとっても「通過点」でしかない? 米津 数字でこそ1位ですけど、日本国民全員の中では、まだまだ知らない人の方が多いと思うんです。 男性ソロシンガーソングライターといえば「米津玄師」という名前が出てくるくらいの、確固たるアイコンになりたいと思っているので。 だとしたら、まだそれは全然途上だと思います。 —— まだまだ満足はしていない。 米津 そうですね。 「生き急いでる」とも言われるんですけど。 2015年のハイライトはRADWIMPSとの対バン —— 2015年はとても忙しかったと思うんですが、ハイライトは? 米津 そうだなあ……。 一つだけ選ぶなら、やっぱりRADWIMPSとの対バンが一番かもしれない。 —— 「RADWIMPSの胎盤」ツアーのZEPP TOKYO公演ですね。 初めての共演はどういう体験でしたか? 米津 RADWIMPSは高校生の時から聴いてるし、数少ない尊敬できるバンドの一つなんです。 だから、まず会ったこともないのに「対バンしませんか」ってお誘いをいただいた時点で彼らに認められたように思えて。 同じステージに立てたっていうのは、それ自体が自分がやってきたことが間違いではなかったのかな、という疑問へのひとつの解答だな、と。 —— そうですよね。 米津 「ライブをやってきてよかった」と単純に思いました。 それに、間近にメンバーと話をしてみて、やっぱり自分が想像した通りの人間だった。 それも感慨深かったです。 —— アンコールではRADWIMPSの野田洋次郎さんと二人で「有心論」を歌ってましたね。 米津 最初はやるつもりは全然なかったんですよ。 でも、うまいんです。 MCでいっぱい煽られて、無理やり連れ出されました(笑)。 そういう話の流れになってから、楽屋で必死で練習して。 —— ぶっつけとは思えない完成度でした。 米津 「有心論」自体は高校生の時からずっと聴いてたし、カラオケでずっと歌ってたので、歌いやすかったんですけど。 —— 米津さんは10代の頃からRADWIMPSを聴いていたんですよね。 それは単に好きなバンドというだけでなく、きっとどこかで自分の思いを代弁してくれるような存在だったんじゃないかと思うんですが、どうでしょう? 米津 まさにそうです。 —— だとするならば、きっと今、そういうものとして米津玄師の音楽を聴いている10代があのライブ会場にたくさんいたと思うんです。 米津 はい。 —— もしその子が音楽を作るようになって、未来に米津さんと共演する機会があったら、その時には絶対「俺は間違ってなかった」と思うはず。 そういう風に、世代を超えてつながった実感があったんじゃないでしょうか。 米津 そうですね。 その辺は自覚的に繋げていかなければならないとも思います。 『Bremen』を作ってる時にもそういうことを考えていたんです。 自分はRADWIMPSやBUMP OF CHICKENに影響を受けて音楽を作ってきた。 それを一度ちゃんと体現したいと思ったんですね。 自分の立ち位置を歴史の上に示す —— これは改めて聞きたいんですけど、BUMP OF CHICKENに憧れてきたということはいろんなインタビューでも言っていますよね。 どういうところが好きだったんでしょうか。 米津 まず単純に、そもそも曲がめちゃくちゃいいっていうのはありますよね。 で、最初にBUMP OF CHICKENを知ったきっかけはネットにアップされていたFLASHアニメだったんですけど。 —— 00年代初頭に2ちゃんねる発祥で起こったブームですね。 BUMP OF CHICKENの曲にあわせてアマチュアの人たちがアニメ動画を作成していた。 米津 そうなんです。 どこの誰かもわからない人が作ったものだったんですけど、それがすごく好きだった。 自分はもともと漫画家になりたかったし、アニメも好きだったし、物語を作りたかったんです。 いろんなキャラクターがいて、それが住んでる街があって、その中で対立や抗争があって物語が進んでいく。 そういう世界観に憧れがあった。 —— BUMP OF CHICKENの音楽にもそういう要素があった。 米津 そうですね。 そういう風に音楽で物語を描いている人がいるというのを、そこで初めて知ったんです。 BUMP OF CHICKENの音楽はすごく映像的で、聴いていて情景が浮かぶものだった。 今まで自分が漫画やアニメを通して見てきたものとすごくリンクする部分があったんですね。 そこからだと思います。 —— RADWIMPSに関してはどうですか? 米津 どうだろう……言葉にするのはすごく難しいですけれど、やっぱりRADWIMPSもBUMP OF CHICKENも、暗いところをちゃんと見つめた上で明るいところに出ていこうとするような姿勢を感じるんです。 ネガティブな部分を見据えた上で、それでも前を向いて生きていかないといけないという根本的な姿勢がある、というか。 そういうものは人間として生きていく上ですごく美しいし、ものを作る上でもすごく強度を持っているし、普遍的だなと思ったんですね。 —— そういうものを米津さんもちゃんと受け継いでいると思います。 米津 脈々とした流れがあって、自分もその流れの中の末端としてここにいるという感じはあります。 そういう文脈の上で自分が生きてるというのも、この『Bremen』で表現したいという思いはありました。 自分の立ち位置を歴史の上に示す、というか。 その辺は自覚的に繋げていかなければならないと思ったんです。 ただ、ひたすら強くなりたい —— 先ほど「確固たるアイコンになりたい」という話をしていましたよね。 もっと名前を知られた存在になりたいと言っていた。 その欲求はどういうところから来ているんでしょう。 米津 いろいろあると思います。 負けず嫌いというのもあるだろうし、自分のことを知ってほしいという欲求もありますし。 でも、一番大きなものを一つ挙げるとしたら、それが一番強いと思うからだと思うんですよね。 —— 「それが一番強い」というと? 米津 確固たる国民的なアイコンになって、誰からも好かれるようないい曲を作るというのは、ものを作る者として一番に目指すべきところだと思うんです。 それが一番強度があるというか。 だから、ひたすら強くなりたいという思いはありますね。 —— より広い場所に立ちたい、という感じでしょうか。 米津 狭いコミュニティーの中で満足して一歩も出てこない人間は嫌なんです。 自分はものをつくる人間として矜持もあるし、こうあるべきだという思想もある。 そういうものと照らし合わせて考えると、狭いところで満足できない部分がある。 —— ただ、もっと名前を知られたいというのは、単に人気者になりたいという感じではないですよね。 そのことによってより多くの人の代弁者になることができるし、言ってしまえば、「音楽で人を救う」ことができるわけですよね。 米津 誰かを救いたいとか、代弁したいという気持ちはあると思います。 BUMP OF CHICKENやRADWIMPSの音楽に、10代だったころの自分が救われてきたように。 そういうことを歌ってくれるヒーローみたいなバンドがいたし、そういう存在に自分もなりたいと思います。 ただ、それだけでもないな、という気もしますね。 やっぱり言葉にすると、ひたすら「強くなりたい」って言葉が出てくる。 —— 「強さ」というのは、どういうものなんでしょうか。 米津 たとえば、誰が作ったかもわからないような童謡が今も残ってるわけじゃないですか。 作者不詳のものが何百年経っても残っているということは、ものすごい作品の強度なんだろうなと思う。 究極的にはそういうものになりたいと思うんです。 —— 童謡のような歌が、一番作品として強度があるということなんですね。 米津 そう思います。 そうなるためには、ものすごく普遍的なものでないといけない。 いろんな人のところに届いて「これは私のことを歌ってる」とたくさんの人が共感して口ずさめるようなものじゃないと、そういう風には残っていかないと思う。 自分もそういう強度のあるものを作りたいと思うんですね。 徳島県出身。 本名同じ。 2012年、米津玄師名義で活動開始。 作詞・作曲・アレンジ・プログラミング・歌唱・演奏・ミックスを自身で行う上、動画・アートワークも独りで制作するという驚異の才能を見せる。 2015年10月には3rdアルバム「Bremen」を発売。 オリコンチャート1位、iTunes週間アルバムランキング1位、Billboard JAPAN HOT Albumチャート1位の三冠を達成。

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