須磨の秋 品詞分解 げに。 源氏物語『須磨の秋(げに、いかに思ふらむ〜)』の品詞分解(助動詞など) / 古文 by 走るメロス

□□□宿題の古文がわかりません□□□

須磨の秋 品詞分解 げに

「源氏物語:須磨の秋・心づくしの秋風〜後編〜」の現代語訳(口語訳) 須磨にわび住まいする光源氏は、昼は書や画 えをかいたり、お供の者と雑談したりして過ごしていた。 前栽 せんざいの花いろいろ咲き乱れ、おもしろき夕暮れに、海見やらるる廊に出 いで給ひて、たたずみ給ふ御 おほんさまのゆゆしう清らなること、所がらはましてこの世のものと見え給はず。 庭先の花が色とりどりに咲き乱れて、趣のある夕暮れに、海が見渡される廊にお出ましになって、たたずんでいらっしゃる(光源氏の)お姿が不吉なまでにお美しいことは、(須磨という)場所柄いっそうこの世のものとはお見えにならない。 白き綾 あやのなよよかなる、紫苑 しをん色など奉りて、こまやかなる御直衣 なほし、帯しどけなくうち乱れ給へる御さまにて、 白い綾織物の単で柔らかなものに、紫苑色の指貫などをお召しになって、濃い縹色の御直衣に、帯を無造作にしてくつろぎなさっているお姿で、 「釈迦牟尼仏弟子 さかむにぶつのでし」と名のりてゆるるかに誦 よみ給へる、また世に知らず聞こゆ。 「釈迦牟尼仏弟子」と名のってゆっくりと(お経を)お読みになっているお声が、同様にこの世のものとも思われないほど(尊く)聞こえる。 沖より舟どものうたひののしりて漕 こぎ行くなども聞こゆ。 沖を通っていくつもの舟が(舟歌を)大声で歌って漕いでいく声なども聞こえる。 ほのかに、ただ小さき鳥の浮かべると見やらるるも心細げなるに、雁 かりの連ねて鳴く声楫 かぢの音 おとにまがへるを、 (舟の影が)かすかに、ただ小さい鳥が浮かんでいるかのように(遠く)見えるのも心細い感じであるうえに、雁が列をなして鳴く声が(舟を漕ぐ)楫の音によく似ているのを、 うちながめ給ひて、涙のこぼるるをかき払ひ給へる御手つき、黒き御数珠 ずずに映え給へるは、ふるさとの女恋しき人々の、心みな慰みにけり。 物思いにふけってぼんやりとご覧になって、涙がこぼれるのをお払いになっているお手つきが、黒い御数珠に(ひとしお)引き立っていらっしゃるそのご様子には、故郷(都)の女を恋しく思う供人たちは、心もすっかり慰められたのであった。 光源氏 初雁 はつかりは恋しき人の列 つらなれや旅の空飛ぶ声の悲しき 初雁は都にいる恋しい人の仲間なのだろうか、旅の空を飛ぶ声が悲しく聞こえてくるよ。 とのたまへば、良清 よしきよ、 と(光源氏が)おっしゃると、良清は、 かきつらね昔のことぞ思ほゆる雁はその世のともならねども (あの声を聞いていると、)次々と昔のことが思い出されます。 雁は都にいたその当事の友ではありませんが。 民部大輔 みんぶのたいふ、 民部大輔(惟光)は、 心から常世 とこよを捨ててなく雁を雲のよそにも思ひけるかな 自分の意思で(故郷の)常世の国を捨てて鳴いている雁を、(今までは)雲のかなたのよそごとと思っていたことでした。 前右近将監 さきのうこんのぞう、 前右近将監は、 「常世出でて旅の空なるかりがねも列におくれぬほどぞなぐさむ 「(故郷の)常世の国を出て旅の空にいる雁も、仲間に後れないで(いっしょに)いる間は心が慰みます。 友惑はしては、いかに侍 はべらまし。 」と言ふ。 友を見失っては、どんなでございましょうか。 (みんなといっしょにいられるから慰められるのです。 )」と言う。 親の常陸 ひたちになりて下りしにも誘はれで、参れるなりけり。 (この人は)父が常陸介になって(任国に)下っていったのにもついていかないで、(光源氏のお供をして須磨に)参っているのであった。 下には思ひくだくべかめれど、誇りかにもてなして、つれなきさまにし歩 ありく。 内心では思い悩んでいるようであるが、(表面では)得意げに振る舞って、平気な様子で日々を過ごしている。 月のいとはなやかにさし出でたるに、今宵 こよひは十五夜なりけりと思 おぼし出でて、殿上 てんじやうの御遊び恋しく、ところどころながめ給ふらむかしと、思ひやり給ふにつけても、月の顔のみまもられ給ふ。 月がとても美しく輝いて出てきたので、(光源氏は)今宵は(八月)十五夜だったのだとお思い出しになって、殿上の管絃の御遊びが恋しくなり、都にいる、光源氏と交渉の深かった女性方も(今頃この月を)眺めて物思いにふけっていらっしゃることであろうよと、思いをはせなさるにつけても、月の面ばかりをお見つめになってしまう。 「二千里外故人心 じせんりぐわいこじんのこころ」と誦 ずじ給へる、例の涙もとどめられず。 「二千里外故人の心」と(白居易の詩の一節を)吟誦なさると、(それを聞く供人たちは)いつものように涙を抑えることもできない。 入道の宮の、「霧やへだつる」とのたまはせしほどいはむ方なく恋しく、折々のこと思ひ出で給ふに、よよと泣かれ給ふ。 藤壺の宮が、「霧やへだつる」とお詠みになった折のことが言いようもなく恋しく、その折あの折のことをお思い出しになると、思わず声をあげて泣いてしまわれる。 「夜更け侍りぬ。 」と聞こゆれど、なほ入り給はず。 「夜が更けてしまいました。 」と(供人が)申し上げるけれど、やはり奥にお入りにならない。 光源氏 見るほどぞしばしなぐさむめぐりあはむ月の都は遥 はるかなれども 月を見ている間だけは、しばらく心が慰められる。 月の都がはるかかなたにあるように、恋しい人々のいる京の都は遠く、再び巡り会える日は、はるかに先のことであるけれども。 その夜、上 うへのいとなつかしう昔物語などし給ひし御さまの、院に似奉り給へりしも、恋しく思ひ出で聞こえ給ひて、「恩賜の御衣 ぎよいは今此 ここに在り」と誦じつつ入り給ひぬ。 (藤壺の宮から「霧やへだつる」の歌を贈られた)その夜、帝(兄の朱雀帝)がとても親しみ深く昔の思い出話などをしなさったお姿が、院(故桐壺の院)に似申していらっしゃったことも、恋しく思い出し申し上げなさって、「恩賜の御衣は今ここに在り」と吟誦しながら奥にお入りになった。 御衣 おほんぞはまことに身はなたず、傍らに置き給へり。 (帝からいただいた)御衣は(道真の詩にあるとおり)本当に身辺から離さず、おそばにお置きになっていらっしゃる。 光源氏 憂しとのみひとへにものは思ほえでひだりみぎにもぬるる袖かな 帝をいちずに恨めしいとばかりも思うことができず、(帝の恩寵を懐かしくしのぶ気持ちもあって、)左でも右でもそれぞれの涙で濡れる袖であることよ。 【須磨】 光源氏は須磨から明石 あかしへと移り、そこで明石の君と契り、やがて明石の姫君と呼ばれる子をもうけることになる。 須磨への退居から二年半後、光源氏は都に呼び戻され、政界に復帰する。 白き綾 白い綾織物の単 ひとえ。 紫苑色 表は薄紫、裏は青の指貫 さしぬき(袴 はかまの一種)のことか。 こまやかなる御直衣 ここは濃い縹 はなだ色の御直衣。 「直衣」は、貴族の平常服。 釈迦牟尼仏弟子 経文 きょうもんを読み上げる時などに、最初に「釈迦牟尼仏弟子なにがし」と名のるのが習慣であった。 良清 播磨守 はりまのかみの子。 光源氏の腹心。 民部大輔 光源氏の乳母 めのと子、惟光 これみつのこと。 「民部大輔」は民部省の次官。 前右近将監 光源氏の従者。 「前右近将監」は右近衛府 うこんえふの第三等官を務めた者。 入道の宮 出家している藤壺の宮を指す。 上 帝(後の朱雀院)を指す。 光源氏の兄。 院 故桐壺の院。 御衣 帝から拝領した御衣。 恩賜の御衣。 出典 須磨 すまの秋 参考 「精選古典B(古文編)」東京書籍 「教科書ガイド精選古典B(古文編)東京書籍版 2部」あすとろ出版.

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源氏物語「須磨には、いとど心づくしの秋風に~」解説・品詞分解

須磨の秋 品詞分解 げに

3-1) 渋谷栄一校訂 C 朝顔 光る源氏の内大臣時代三十二歳の晩秋九月から冬までの物語 [主要登場人物] 光る源氏 呼称---大臣、三十二歳 冷泉帝 呼称---内裏の上・内裏・主上、桐壺帝の第十皇子(実は光る源氏の子) 紫の上 呼称---対の上・二条院・女君・君、源氏の正妻 朝顔の姫君 呼称---斎院・前斎院・宮、式部卿宮の姫君 女五の宮 呼称---桃園の宮・女五の宮・宮、桐壺院の妹宮 源典侍 呼称---源典侍・祖母殿 第一章 朝顔姫君の物語 昔の恋の再燃• 九月、故桃園式部卿宮邸を訪問---• 朝顔姫君と対話---• 帰邸後に和歌を贈答しあう---• 源氏、執拗に朝顔姫君を恋う--- 第二章 朝顔姫君の物語 老いてなお旧りせぬ好色心• 朝顔姫君訪問の道中---• 宮邸に到着して門を入る---• 宮邸で源典侍と出会う---• 朝顔姫君と和歌を詠み交わす---• 朝顔姫君、源氏の求愛を拒む--- 第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影• 紫の君、嫉妬す---• 夜の庭の雪まろばし---• 源氏、往古の女性を語る---• 藤壺、源氏の夢枕に立つ---• 源氏、藤壺を供養す--- 第一章 朝顔姫君の物語 昔の恋の再燃 斎院は、御服にて下りゐたまひにきかし。 大臣、例の、思しそめつること、絶えぬ御癖にて、御訪らひなどいとしげう聞こえたまふ。 宮、わづらはしかりしことを思せば、御返りもうちとけて聞こえたまはず。 いと口惜しと思しわたる。 長月になりて、桃園宮に渡りたまひぬるを聞きて、女五の宮のそこにおはすれば、そなたの御訪らひにことづけて参うでたまふ。 故院の、この御子たちをば、心ことにやむごとなく思ひきこえたまへりしかば、今も親しく次々に聞こえ交はしたまふめり。 同じ寝殿の西東にぞ住みたまひける。 ほどもなく荒れにける心地して、あはれにけはひしめやかなり。 宮、対面したまひて、御物語聞こえたまふ。 いと古めきたる御けはひ、しはぶきがちにおはす。 年長におはすれど、故大殿の宮は、あらまほしく古りがたき御ありさまなるを、もて離れ、声ふつつかに、こちごちしくおぼえたまへるも、さるかたなり。 「院の上、隠れたまひてのち、よろづ心細くおぼえはべりつるに、年の積もるままに、いと涙がちにて過ぐしはべるを、この宮さへかくうち捨てたまへれば、いよいよあるかなきかに、とまりはべるを、かく立ち寄り訪はせたまふになむ、もの忘れしぬべくはべる」 と聞こえたまふ。 「かしこくも古りたまへるかな」と思へど、うちかしこまりて、 「院隠れたまひてのちは、さまざまにつけて、同じ世のやうにもはべらず、おぼえぬ罪に当たりはべりて、知らぬ世に惑ひはべりしを、たまたま、朝廷に数まへられたてまつりては、またとり乱り暇なくなどして、年ごろも、参りていにしへの御物語をだに聞こえうけたまはらぬを、いぶせく思ひたまへわたりつつなむ」 など聞こえたまふを、 「いともいともあさましく、いづ方につけても定めなき世を、同じさまにて見たまへ過ぐすべれど、かくて、世にまへる御よろこびになむ、ありし年ごろを見たてまつりさしてましかば、口惜しからましとおぼえはべり」 と、うちわななきたまひて、 「いときよらにねびまさりたまひにけるかな。 童にものしたまへりしを見たてまつりそめし時、世にかかる光の出でおはしたることと驚かれはべりしを、時々見たてまつるごとに、ゆゆしくおぼえはべりてなむ。 内裏の上なむ、いとよく似たてまつらせたまへりと、人びと聞こゆるを、さりとも、劣りたまへらむとこそ、推し量りはべれ」 と、長々と聞こえたまへば、 「ことにかくさし向かひて人のほめぬわざかな」と、をかしく思す。 「山賤になりて、いたう思ひくづほれはべりし年ごろののち、こよなく衰へにてはべるものを。 内裏の御容貌は、いにしへの世にも並ぶ人なくやとこそ、ありがたく見たてまつりはべれ。 あやしき御推し量りになむ」 と聞こえたまふ。 「時々見たてまつらば、いとどしき命や延びはべらむ。 今日は老いも忘れ、憂き世の嘆きみな去りぬる心地なむ」 とても、また泣いたまふ。 「三の宮うらやましく、さるべき御ゆかり添ひて、親しく見たてまつりたまふを、うらやみはべる。 この亡せたまひぬるも、さやうにこそ悔いたまふ折々ありしか」 とのたまふにぞ、すこし耳とまりたまふ。 「さも、さぶらひ馴れなましかば、今に思ふさまにはべらまし。 皆さし放たせたまひて」 と、恨めしげにけしきばみきこえたまふ。 あなたの御前を見やりたまへば、枯れ枯れなる前栽の心ばへもことに見渡されて、のどやかに眺めたまふらむ御ありさま、容貌も、いとゆかしくあはれにて、え念じたまはで、 「かくさぶらひたるついでを過ぐしはべらむは、心ざしなきやうなるを、あなたの御訪らひ聞こゆべかりけり」 とて、やがて簀子より渡りたまふ。 暗うなりたるほどなれど、鈍色の御簾に、黒き御几帳の透影あはれに、追風なまめかしく吹き通し、けはひあらまほし。 簀子はかたはらいたければ、南の廂に入れたてまつる。 宣旨、対面して、御消息は聞こゆ。 「今さらに、若々しき心地する御簾の前かな。 神さびにける年月の労数へられはべるに、今は内外も許させたまひてむとぞ頼みはべりける」 とて、飽かず思したり。 「ありし世は皆夢に見なして、今なむ、覚めてはかなきにやと、思ひたまへ定めがたくはべるに、労などは、静かにやと定めきこえさすべうはべらむ」 と、聞こえ出だしたまへり。 「げにこそ定めがたき世なれ」と、はかなきことにつけても思し続けらる。 「人知れず神の許しを待ちし間に ここらつれなき世を過ぐすかな 今は、何のいさめにか、かこたせたまはむとすらむ。 なべて、世にわづらはしきことさへはべりしのち、さまざまに思ひたまへ集めしかな。 いかで片端をだに」 と、あながちに聞こえたまふ、御用意なども、昔よりも今すこしなまめかしきけさへ添ひたまひにけり。 さるは、いといたう過ぐしたまへど、御位のほどには合はざめり。 「なべて世のあはればかりを問ふからに 誓ひしことと神やいさめむ」 とあれば、 「あな、心憂。 その世の罪は、みな科戸の風にたぐへてき」 とのたまふ愛敬も、こよなし。 「いかがはべりけむ」 など、はかなきことを聞こゆるも、まめやかには、いとかたはらいたし。 世づかぬ御ありさまは、年月に添へても、もの深くのみ引き入りたまひて、え聞こえたまはぬを、見たてまつり悩めり。 「好き好きしきやうになりぬるを」 など、浅はかならずうち嘆きて立ちたまふ。 「齢の積もりには、面なくこそなるわざなりけれ。 、今ぞ、とだに聞こえさすべくやは、もてなしたまひける」 とて、出でたまふ名残、所狭きまで、例の聞こえあへり。 おほかたの、空もをかしきほどに、木の葉の音なひにつけても、過ぎにしもののあはれとり返しつつ、その折々、をかしくもあはれにも、深く見えたまひし御心ばへなども、思ひ出できこえさす。 心やましくて立ち出でたまひぬるは、まして、寝覚がちに思し続けらる。 とく御格子参らせたまひて、朝霧を眺めたまふ。 枯れたる花どもの中に、朝顔のこれかれにはひまつはれて、あるかなきかに咲きて、匂ひもことに変はれるを、折らせたまひてたてまつれたまふ。 「けざやかなりし御もてなしに、人悪ろき心地しはべりて、うしろでもいとどいかが御覧じけむと、ねたく。 されど、 見し折のつゆ忘られぬ朝顔の 花の盛りは過ぎやしぬらむ 年ごろの積もりも、あはれとばかりは、さりとも、思し知るらむやとなむ、かつは」 など聞こえたまへり。 おとなびたる御文の心ばへに、「おぼつかなからむも、見知らぬし、人びとも御硯とりまかなひて、聞こゆれば、 「秋果てて霧の籬にむすぼほれ あるかなきかに移る朝顔 よそへにつけても、露けく」 とのみあるは、何のをかしきふしもなきを、いかなるにか、置きがたく御覧ずめり。 青鈍の紙の、なよびかなる墨つきはしも、をかしく見ゆめり。 人の御ほど、書きざまなどに繕はれつつ、その折は罪なきことも、つきづきしくまねびなすには、ほほゆがむこともあめればこそ、さかしらにつ、おぼつかなきことも多かりけり。 立ち返り、今さらに若々しき御文書きなども、似げなきこと、と思せども、なほかく昔よりもて離れぬ御けしきながら、口惜しくて過ぎぬるを思ひつつ、えやむまじくて思さるれば、さらがへりて、まめやかに聞こえたまふ。 東の対に離れおはして、迎へつつ語らひたまふ。 さぶらふ人びとの、さしもあらぬ際のことをだに、なびきやすなるなどは、過ちもしつべく、めできこゆれど、宮は、そのかみだにこよなく思し離れたりしを、今は、まして、誰も思ひなかるべき御齢、おぼえにて、「はかなき木草につけたる御返りなどの、折過ぐさぬも、軽々しくや、とりなさるらむ」など、人の物言ひを憚りたまひつつ、うちとけたまふべき御けしきもなければ、古りがたく同じさまなる御心ばへを、世の人に変はり、めづらしくもねたくも思ひきこえたまふ。 世の中に漏り聞こえて、 「ねむごろに聞こえたまへばなむ、女五の宮などもよろしく思したなり。 似げなからぬ御あはひならむ」 など言ひけるを、対の上は伝へ聞きたまひて、しばしは、 「さりとも、さやうならむこともあらば、隔てては思したらじ」 と思しけれど、うちつけに目とどめきこえたまふに、御けしきなども、例ならずあくがれたるも心憂く、 「まめまめしく思しなるらむことを、つれなく戯れに言ひなしたまひけむよと、同じ筋にはものしたまへど、おぼえことに、昔よりやむごとなく聞こえたまふを、御心など移りなば、はしたなくもあべいかな。 年ごろの御もてなしなどは、立ち並ぶ方なく、さすがにならひて、人に押し消たれむこと」 など、人知れず思し嘆かる。 「かき絶え名残なきさまにはもてなしたまはずとも、いとものはかなきさまにて見馴れたまへる年ごろの睦び、あなづらはしき方にこそはあらめ」 など、さまざまに思ひ乱れたまふに、よろしきことこそ、うち怨じなど憎からず聞こえたまへ、まめやかにつらしと思せば、色にも出だしたまはず。 端近う眺めがちに、内裏住みしげくなり、役とは御文を書きたまへば、 「げに、人の言葉むなしかるまじきなめり。 けしきをだにかすめたまへかし」 と、疎ましくのみ思ひきこえたまふ。 第二章 朝顔姫君の物語 老いてなお旧りせぬ好色心 夕つ方、神事なども止まりてさうざうしきに、つれづれと思しあまりて、五の宮に例の近づき参りたまふ。 雪うち散りて艶なるたそかれ時に、なつかしきほどに馴れたる御衣どもを、いよいよたきしめたまひて、心ことに化粧じ暮らしたまへれば、いとど心弱からむ人はいかがと見えたり。 さすがに、まかり申しはた、聞こえたまふ。 「女五の宮の悩ましくしたまふなるを、訪らひきこえになむ」 とて、ついゐたまへれど、見もやりたまはず、若君をもてあそび、紛らはしおはする側目の、ただならぬを、 「あやしく、はれるべきころかな。 罪もなしや。 見だてなく思さるるにやとて、とだえ置くを、またいかが」 など聞こえたまへば、 「げに、憂きこと多かりけれ」 とばかりにて、うち背きて臥したまへるは、見捨てて出でたまふ道、もの憂けれど、宮に御消息聞こえれば、出でたまひぬ。 「かかりけることもありける世を、うらなくて過ぐしけるよ」 と思ひ続けて、臥したまへり。 鈍びたる御衣どもなれど、色合ひ重なり、好ましくなかなか見えて、雪の光にいみじく艶なる御姿を見出だして、 「まことに離れまさりたまはば」 と、忍びあへず思さる。 御前など忍びやかなる限りして、 「内裏より他の歩きは、もの憂きほどになりにけりや。 桃園宮の心細きさまにてものしたまふも、式部卿宮に年ごろは譲りきこえつるを、今は頼むなど思しのたまふも、ことわりに、いとほしければ」 など、人びとにものたまひなせど、 「いでや。 御好き心の古りがたきぞ、あたら御疵なめる」 「軽々しきことも出で来なむ」 など、つぶやきあへり。 宮には、北面の人しげき方なる御門は、入りたまはむも軽々しければ、西なるがことことしきを、人入れさせたまひて、宮の御方に御消息あれば、「今日しも渡りたまはじ」と思しけるを、驚きて開けさせたまふ。 御門守、寒げなるけはひ、うすすき出で来て、とみにもえ開けやらず。 これより他の男はたなきなるべし。 ごほごほと引きて、 「錠のいといたく銹びにければ、開かず」 と愁ふるを、あはれと聞こし召す。 「昨日今日と思すほどに、あなたにもなりにける世かな。 かかるを見つつ、かりそめの宿りをえ思ひ捨てず、木草の色にも心を移すよ」と、思し知らるる。 口ずさびに、 「いつのまに蓬がもととむすぼほれ 雪降る里と荒れし垣根ぞ」 やや久しう、ひこしらひ開けて、入りたまふ。 宮の御方に、例の、御物語聞こえたまふに、古事どものそこはかとなきうちはじめ、聞こえ尽くしたまへど、御耳もおどろかず、ねぶたきに、宮も欠伸うちしたまひて、 「宵まどひをしはべれば、ものもえ聞こえやらず」 とのたまふほどもなく、鼾とか、聞き知らぬ音すれば、よろこびながら立ち出でたまはむとするに、またいと古めかしきしはぶきうちして、参りたる人あり。 「かしこけれど、聞こし召したらむと頼みきこえさするを、世にある者とも数まへさせたまはぬになむ。 院の上は、祖母殿と笑はせたまひし」 など、名のりぞ、思し出づる。 源典侍といひし人は、尼になりて、この宮の御弟子にてなむ行なふと聞きしかど、今まであらむとも尋ね知りたまはざりつるを、あさましうなりぬ。 「その世のことは、みな昔語りになりゆくを、はるかに思ひ出づるも、心細きに、うれしき御声かな。 、育みたまへかし」 とて、寄りゐたまへる御けはひに、いとど昔思ひ出でつつ、古りがたくなまめかしきさまにもてなして、いたうすげみにたる口つき、思ひやらるる声づかひの、さすがに舌つきにて、うちされむとはなほ思へり。 「など聞こえかかる、まばゆさよ。 「今しも来たる老いのやうに」など、まふものから、ひきかへ、これもあはれなり。 「この盛りに挑みたまひし女御、更衣、あるはひたすら亡くなりたまひ、あるはかひなくて、はかなき世にさすらへたまふもあべかめり。 入道の宮などの御齢よ。 あさましとのみ思さるる世に、年のほど身の残り少なげさに、ども、ものはかなく見えし人の、生きとまりて、のどやかに行なひをもうちして過ぐしけるは、なほすべて定めなき世なり」 と思すに、ものあはれなる御けしきを、心ときめきに思ひて、若やぐ。 「年経れどこの契りこそ忘られね ひし一言」 と聞こゆれば、疎ましくて、 「身を変へて後も待ち見よこの世にて 親を忘るるためしありやと 頼もしき契りぞや。 今のどかにぞ、聞こえさすべき」 とて、立ちたまひぬ。 西面には御格子参りたれど、厭ひきこえ顔ならむもいかがとて、一間、二間は下ろさず。 月さし出でて、薄らかに積もれる雪のなかなかいとおもしろき夜のさまなり。 「ありつる老いらくの心げさうも、良からぬものの世のたとひとか聞きし」と思し出でられて、をかしくなむ。 今宵は、いとまめやかに聞こえたまひて、 「一言、憎しなども、たまはせむを、思ひ絶ゆるふしにもせむ」 と、おり立ちて責めきこえたまへど、 「昔、われも人も若やかに、罪許されたりし世にだに、故宮などの心寄せ思したりしを、なほあるまじく恥づかしと思ひきこえてやみにしを、世の末に、さだすぎ、つきなきほどにて、一声もいとまばゆからむ」 と思して、さらに動きなき御心なれば、「あさましう、つらし」と思ひきこえたまふ。 さすがに、はしたなくさし放ちてなどはあらぬ人伝ての御返りなどぞ、心やましきや。 夜もいたう更けゆくに、風のけはひ、はげしくて、まことにいともの心細くおぼゆれば、さまよきほど、おし拭ひたまひて、 「つれなさを昔に懲りぬ心こそ 人のつらきに添へてつらけれ とのたまひすさぶるを、 「げに」 「かたはらいたし」 と、人びと、例の、聞こゆ。 「あらためて何かは見えむ人のうへに かかりと聞きし心変はりを 昔に変はることは、ならはず」 など聞こえたまへり。 いふかひなくて、いとまめやかに怨じきこえて出でたまふも、いと若々しき心地したまへば、 「いとかく、世の例になりぬべきありさま、漏らしたまふなよ。 ゆめゆめ。 どもなれなれしや」 とて、せちにうちささめき語らひたまへど、何ごとにかあらむ。 人びとも、 「あな、かたじけな。 あながちに情けおくれても、もてなしきこえたまふらむ」 「軽らかにおし立ちてなどは見えたまはぬ御けしきを。 心苦しう」 と言ふ。 げに、人のほどの、をかしきにも、あはれにも、思し知らぬにはあらねど、 「もの思ひ知るさまに見えたてまつるとて、おしなべての世の人のめできこゆらむ列にや思ひなされむ。 かつは、軽々しき心のほども見知りたまひぬべく、恥づかしげなめる御ありさまを」と思せば、「なつかしからむ情けも、いとあいなし。 よその御返りなどは、うち絶えで、おぼつかなかるまじきほどに聞こえたまひ、人伝ての御応へ、はしたなからで過ぐしてむ。 年ごろ、沈みつる罪失ふばかり御行なひを」とは思し立てど、「にはかにかかる御ことをしも、もて離れ顔にあらむも、なかなか今めかしきやうに見え聞こえて、人のとりなさじやは」と、世の人の口さがなさを思し知りにしかば、かつ、さぶらふ人にもうちとけたまはず、いたう御心づかひしたまひつつ、やうやう御行なひをのみしたまふ。 御兄弟の君達あまたものしたまへど、ひとつ御腹ならねば、いとうとうとしく、宮のうちいとかすかになり行くままに、さばかりめでたき人の、ねむごろに御心を尽くしきこえたまへば、皆人、心を寄せきこゆるも、ひとつ心と見ゆ。 第三章 紫の君の物語 冬の雪の夜の孤影 大臣は、あながちに思しいらるるにしもあらねど、つれなき御けしきのうれたきに、負けてやみなむも口惜しく、た、人の御ありさま、世のおぼえことに、あらまほしく、ものを深く思し知り、世の人の、とあるかかるけぢめも聞き集めたまひて、昔よりもあまた経まさりて思さるれば、今さらの、かつは世のもどきをも思しながら、 「むなしからむは、いよいよ人笑へなるべし。 いかにせむ」 と、御心動きて、二条院に夜離れ重ねたまふを、女君は、み思す。 忍びたまへど、いかがうちこぼるる折もなからむ。 「あやしく例ならぬ御けしきこそ、心得がたけれ」 とて、御髪をかきやりつつ、いとほしと思したるさまも、絵に描かまほしき御あはひなり。 「宮亡せたまひて後、主上のいとさうざうしげにのみ世を思したるも、心苦しう見たてまつり、太政大臣もものしたまはで、見譲る人なきことしげさになむ。 このほどの絶え間などを、見ならはぬことに思すらむも、ことわりに、あはれなれど、今はさりとも、心のどかに思せ。 おとなびたまひためれど、まだいと思ひやりもなく、人の心も見知らぬさまにものしたまふこそ、らうたけれ」 など、まろがれたる御額髪、ひきつくろひたまへど、いよいよ背きてものも聞こえたまはず。 「いといたく若びたまへるは、誰がならはしきこえたるぞ」 「常なき世に、かくまで心置かるるもあぢきなのわざや」と、かつはうち眺めたまふ。 「斎院にはかなしごと聞こゆるや、もし思しひがむる方ある。 それは、いともて離れたることぞよ。 おのづから見たまひてむ。 昔よりこよなうけどほき御心ばへなるを、さうざうしき折々、ただならで聞こえ悩ますに、かしこもつれづれにものしたまふ所なれば、たまさかの応へなどしたまへど、まめまめしきさまにもあらぬを、かくなむあるとしも、愁へきこゆべきことにやは。 うしろめたうはあらじとを、思ひ直したまへ」 など、日一日慰めきこえたまふ。 雪のいたう降り積もりたる上に、今も散りつつ、松と竹とのけぢめをかしう見ゆる夕暮に、人の御容貌も光まさりて見ゆ。 「人の心を移すめる花紅葉の盛りよりも、冬の夜の澄める月に、雪の光りあひたる空こそ、あやしう、色なきものの、身にしみて、この世のほかのことまで思ひ流され、おもしろさもあはれさも、残らぬ折なれ。 すさまじき例に言ひ置きけむ人の心浅さよ」 とて、せたまふ。 月は隈なくさし出でて、ひとつ色に見え渡されたるに、しをれたる前栽の蔭遣水もいといたうむせびて、池の氷もえもいはずすごきに、童女下ろして、雪まろばしせさせたまふ。 をかしげなる姿、頭つきども、月に映えて、大きやかに馴れたるが、さまざまの衵乱れ着、帯しどけなき宿直姿、なまめいたるに、こよなうあまれる髪の末、白きにはましてもてはやしたる、いとけざやかなり。 小さきは、童げてよろこび走るに、扇なども落して、うちとけ顔をかしげなり。 いと多うまろばさらむと、ふくつけがれど、えも押し動かさでわぶめり。 かたへは、東のつまなどに出でゐて、心もとなげに笑ふ。 「一年、中宮の御前に雪の山作られたりし、世に古りたることなれど、なほめづらしくもはかなきことをしなしたまへりしかな。 何の折々につけても、口惜しう飽かずもあるかな。 いとけどほくもてなしたまひて、くはしき御ありさまを見ならしたてまつりしことはなかりしかど、御交じらひのほどに、うしろやすきものには思したりきかし。 うち頼みきこえて、とあることかかる折につけて、何ごとも聞こえかよひしに、もて出でてらうらうじきことも見えたまはざりしかど、いふかひあり、思ふさまに、はかなきことわざをもしなしたまひしはや。 世にまた、さばかりのたぐひあり やはらかにおびれたるものから、深うよしづきたるところの、並びなくものしたまひしを、君こそは、さいへど、紫のゆゑ、こよなからずものしたまふめれど、すこしわづらはしき気添ひて、かどかどしさのすすみたまへるや、苦しからむ。 前斎院の御心ばへは、またさまことにぞ見ゆる。 さうざうしきに、何とはなくとも聞こえあはせ、われも心づかひせらるべきあたり、ただこの一所や、世に残りたまへらむ」 とのたまふ。 「尚侍こそは、らうらうじくゆゑゆゑしき方は、人にまさりたまへれ。 浅はかなる筋など、もて離れたまへりける人の御心を、あやしくもありけることどもかな」 とのたまへば、 「さかし。 なまめかしう容貌よき女の例には、なほ引き出でつべき人ぞかし。 さも思ふに、いとほしく悔しきことの多かるかな。 まいて、うちあだけ好きたる人の、年積もりゆくままに、いかに悔しきこと多からむ。 人よりはことなき静けさ、と思ひしだに」 など、のたまひ出でて、尚侍の君の御ことににも、涙すこしは落したまひつ。 「この、数にもあらずおとしめたまふ山里の人こそは、身のほどにはややうち過ぎ、ものの心など得つべけれど、人よりことなべきものなれば、思ひ上がれるさまをも、見消ちてはべるかな。 いふかひなき際の人はまだ見ず。 人は、すぐれたるは、かたき世なりや。 東の院にながむる人の心ばへこそ、古りがたくらうたけれ。 さはた、さらにえあらぬものを、さる方につけての心ばせ、人にとりつつ見そめしより、同じやうに世をつつましげに思ひて過ぎぬるよ。 今はた、かたみに背くべくもあらず、深うあはれと思ひはべる」 など、昔今の御物語に夜更けゆく。 月いよいよ澄みて、静かにおもしろし。 女君、 「氷閉ぢ石間の水は行きなやみ 空澄む月の影ぞ流るる」 外を見出だして、すこし傾きたまへるほど、似るものなくり。 髪ざし、面様の、恋ひきこゆる人の面影にふとおぼえて、めでたければ、いささか分くる御心もとり重ねつべし。 鴛鴦のうち鳴きたるに、 「かきつめて昔恋しき雪もよに あはれを添ふる鴛鴦の浮寝か」 入りたまひても、宮の御ことを思ひつつ大殿籠もれるに、夢ともなくほのかに見たてまつる、いみじく恨みたまへる御けしきにて、 「漏らさじとのたまひしかど、憂き名の隠れなかりければ、恥づかしう、苦しき目を見るにつけても、つらくなむ」 とのたまふ。 御応へ聞こゆと思すに、襲はるる心地して、女君の、 「こは、など、かくは」 とのたまふに、おどろきて、いみじく口惜しく、胸のおきどころなく騒げば、抑へて、涙も流れ出でにけり。 今も、いみじく濡らし添へたまふ。 女君、いかなることにかと思すに、うちもみじろかで臥したまへり。 「とけて寝ぬ寝覚さびしき冬の夜に むすぼほれつる夢の短さ」 なかなか飽かず、悲しと思すに、とく起きたまひて、さとはなくて、所々に御誦経などせさせたまふ。 「苦しき目見せたまふと、恨みたまへるも、さぞ思さるらむかし。 行なひをしたまひ、よろづに罪軽げなりし御ありさまながら、この一つことにてぞ、この世の濁りをまはざらむ」 と、ものの心を深く思したどるに、いみじく悲しければ、 「何わざをして、知る人なき世界におはすらむを、訪らひきこえに参うでて、罪にもや」 など、つくづくと思す。 「かの御ために、とり立てて何わざをもしたまはむは、人とがめきこえつべし。 内裏にも、御心の鬼に思すところやあらむ」 と、思しつつむほどに、阿弥陀仏を心にかけて念じたてまつりたまふ。 「同じ蓮に」とこそは、 「亡き人を慕ふ心にまかせても 影見ぬ三つの瀬にや惑はむ」 と思すぞ、憂かりけるとや。

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「源氏物語:須磨の秋・心づくしの秋風〜後編〜」の現代語訳(口語訳)

須磨の秋 品詞分解 げに

源氏物語を読む 薄雲 うすぐも 源氏物語 19 薄雲 うすぐも 原文 現代文 明石、姫君の養女問題に苦慮する 冬になりゆくままに、川づらの住まひ、いとど心細さまさりて、うはの空なる心地のみしつつ明かし暮らすを、君も、 「なほ、かくては、え過ぐさじ。 かの、近き所に思ひ立ちね」 と、すすめたまへど、「」などいふやうに思ひ乱れたり。 「さらば、この若君を。 かくてのみは、便なきことなり。 思ふ心あれば、かたじけなし。 対に聞き置きて、常にゆかしがるを、しばし見ならはさせて、袴着の事なども、人知れぬさまならずしなさむとなむ思ふ」 と、まめやかに語らひたまふ。 「さ思すらむ」と思ひわたることなれば、いとど胸つぶれぬ。 「改めてやむごとなき方にもてなされたまふとも、人の漏り聞かむことは、なかなかにや、つくろひがたく思されむ」 とて、放ちがたく思ひたる、ことわりにはあれど、 「。 かしこには、年経ぬれど、かかる人もなきが、さうざうしくおぼゆるままに、前斎宮のおとなびものしたまふをだにこそ、あながちに扱ひきこゆめれば、まして、かく憎みがたげなめるほどを、おろかには見放つまじき心ばへに」 など、女君の御ありさまの思ふやうなることも語りたまふ。 「、名残なく静まりたまへるは、おぼろけの御宿世にもあらず、人の御ありさまも、ここらの御なかにすぐれたまへるにこそは」と思ひやられて、「、 さすがに、立ち出でて、人もめざましと思すことやあらむ。。 生ひ先遠き人の御うへも、つひには、かの御心にかかるべきにこそあめれ。 さりとならば、げにかう何心なきほどにや譲りきこえまし」と思ふ。 また、「手を放ちて、うしろめたからむこと。 つれづれも慰む方なくては、いかが明かし暮らすべからむ。 何につけてか、たまさかの御立ち寄りもあらむ」など、さまざまに思ひ乱るるに、身の憂きこと、限りなし。 冬になるにつれて、川沿いの住まいは、ひどく心細くなり、実に頼りない気持ちで日々を暮らしていたのだが、君も、 「こんな所では、暮らせないでしょう。 近いところへいらっしゃい」 とすすめたが、「つれないお気持ちをたくさん見てしまえば、無残な心地がするだろうが、なんと言って嘆くのか」と思い乱れるのだった。 「しかしこの姫君を。 こんな所では不都合であろう。 思う処があり、恐れ多くもある。 紫の上にも言ってあるので、いつも会いたがっているので、しばらく馴れさせてから、袴着のことも、立派にしてあげたい」 と、とまじめに相談する。 「そういう意向であろう」と思っていたので、どきりとした。 「今さら高貴な方に育てられても、世間では、自分が生母と知っているので、どうやってもとりつくろうのは難しいでしょう」 とて、手放しがたく思うのももっとであるので、 「後の扱いが心配だ、などと疑いなさるな。 あちらには年を経てもこういう子が生まれず、物足りなく思っておられるし、前斎宮がすっかり大人になられていたのを、しいてお世話しました位ですから、ましてこのように可愛らしいお子をを、おろそかにほって置けない性分ですから」 など女君の気立てが申し分ないことをお話になるのだった。 「ほんとうに、昔は、どの女(かた)に落ち着くのか、明石から噂もちらほら聞こえてきた浮気心が、すっかり静まったのは、女君とは並の宿縁ではないし、お人柄もそこらの女御のなかではことに秀でて いるのでは」と思われて、「わたしなど物の数ではない者が肩を並べるべくもあらぬを、さすがに目だってしまっては、女君は目障りと思うこともあろう。 自分はどうなっても所詮は低い身分のまま。 生い先長い姫君は、女君の意向に左右されるのだろう。 そうなら、まだ幼いうちに譲ってしまおう」と思うのだった。 また、「手放して、その後のことが心配。 無聊を慰める幼子がいなければ、どうやって日々を暮らしていったらいいのだろう。 何につけて君がお立ち寄りになるのだろうか」など様々に思い乱れ、すっかり落ち込むのだった。 2018. 見たてまつらざらむことは、いと胸いたかりぬべけれど、つひにこの御ためによかるべからむことをこそ思はめ。 浅く思してのたまふことにはあらじ。 ただうち頼みきこえて、渡したてまつりたまひてよ。 母方からこそ、帝の御子も際々におはすめれ。 この大臣の君の、世に二つなき御ありさまながら、世に仕へたまふは、故大納言の、今ひときざみなり劣りたまひて、更衣腹と言はれたまひし、けぢめにこそはおはすめれ。 まして、ただ人はなずらふべきことにもあらず。 また、親王たち、大臣の御腹といへど、、人も思ひ落とし、親の御もてなしも、え等しからぬものなり。 まして、これは、やむごとなき御方々にかかる人、出でものしたまはば、こよなく消たれたまひなむ。 、親にもひとふしもてかしづかれぬる人こそ、。 御袴着のほども、いみじき心を尽くすとも、かかる深山隠れにては、何の栄かあらむ。 ただ任せきこえたまひて、もてなしきこえたまはむありさまをも、聞きたまへ」 と教ふ。 、なほ「渡りたまひてはまさるべし」とのみ言へば、思ひ弱りにたり。 殿も、しか思しながら、思はむところのいとほしさに、しひてもえのたまはで、 「御袴着のことは、いかやうにか」 とのたまへる御返りに、 「よろづのこと、かひなき身にたぐへきこえては、げに生ひ先もいとほしかるべくおぼえはべるを、たち交じりても、いかに人笑へにや」 と聞こえたるを、いとどあはれに思す。 日など取らせたまひて、忍びやかに、さるべきことなどのたまひおきてさせたまふ。 放ちきこえむことは、なほいとあはれにおぼゆれど、「君の御ためによかるべきことをこそは」と念ず。 「 乳母 ( めのと )をもひき別れなむこと。 明け暮れのもの思はしさ、つれづれをもうち語らひて、慰めならひつるに、、いみじくおぼゆべきこと」と、君も泣く。 乳母も、 「、おぼえぬさまにて、見たてまつりそめて、年ごろの御心ばへの、忘れがたう恋しうおぼえたまふべきを、うち絶えきこゆることはよもはべらじ。 つひにはと頼みながら、しばしにても、よそよそに、思ひのほかの交じらひしはべらむが、安からずもはべるべきかな」 など、うち泣きつつ過ぐすほどに、師走にもなりぬ。 尼君は思慮深い方で、 「くよくよしても無駄です。 子どもに会えないのは辛いだろうが、最後はこの子のためにになることを思いなさい。 浅い考えで申しているのではありません。 ただ源氏の君を頼みとして、お渡ししなさい。 母方から、帝の御子も身分がきまるのです。 この大臣の君が、世に二人といないすばらしい方ですが、帝にお仕えしているのは、故大納言のもうひとつ身分が劣り、更衣腹と言われたことによるのです。 まして臣下の場合は、比較にもなりません。 また、親王たちが、大臣の娘腹といっても、その時の勢力が劣っている所では、人も軽く見て、親の育て方も同じようにできないものです。 ましてこの姫は、貴い方たちのなかに姫が生まれたら、すぐに無視されてしまうでしょう。 身分相応に、親にも大事に育てられた人は、将来も軽くは見られないものです。 御袴着のことも、こちらでいくら心を尽くしてやってみても、こんな深山に隠れたところでは、何の誉れがあるものでしょうか。 一切を殿に任せて、姫をどのようにお扱いされるかその有様をお聞きになるのがよいのです」 と諭した。 賢い人に相談しても、陰陽師などに占ってみても、やはり「お移りになった方がよいでしょう」とばかり言うので、すっかり弱気になった。 源氏の君も、そう思っていたが、明石の君がひどくかわいそうで、あえて言わず、 「袴着はどのようになさるのか」 との仰せになるご返事に、 「何事につけ、ふがいないこの身のそばに置いても、この先が可哀想に思われ、また女御たちの仲間入りしても、物笑いになるでしょう」 と言うのを、君は不憫に思った。 日取りなどを占わせてきめ、ひそかにご指示されて移転の準備をさせるのだった。 手放してしまうことは、ひどく辛かったが、「姫君のために良いことならば」と願うのだった。 「乳母とも別れなければならない。 何につけ日頃もの憂いときや所在ないときの語らいで慰めを得て、乳母まで行かれる頼りなさが加わって、どんなに辛いことだろう」と君も泣くのだった。 乳母も、 「前世のご縁でしょうか。 思いもよらずお仕えすることになり、年ごろのお気持ちがが忘れられず恋しく覚えるでしょが、縁が切れることは決してありますまい。 また再会できると願いながら、しばらくはお別れして思いもかけないお仕えすることが、気に染まないことでしょう」 などと泣いて過ごすうちに、師走になった。 2018. 雪かきくらし降りつもる朝、来し方行く末のこと、残らず思ひつづけて、例はことに端近なる出で居などもせぬを、汀の氷など見やりて、白き衣どものなよよかなるあまた着て、眺めゐたる様体、頭つき、うしろでなど、「限りなき人と聞こゆとも、かうこそはおはすらめ」と人びとも見る。 落つる涙をかき払ひて、 「かやうならむ日、ましていかにおぼつかなからむ」と、らうたげにうち嘆きて、 「」 とのたまへば、乳母、うち泣きて、 「」 と言ひ慰む。 雪や霰が降って、心細さがまさって、「どうしてこうも様々に物思いにふける身なのだろ」と、嘆いて、いつもより姫君をなで見ているのであった。 雪が空を暗くして降っている朝、来し方行く末をいろいろ思って、いつもは部屋の端にいることもないのに、水際の氷などを見やって、白い衣の柔らかいのをたくさん着込んで、眺めている姿は、頭つきや後ろ姿など、「この上なく高貴なお方と申しても、こうであろう」と女房たちも見ていた。 落ちる涙を払って、 「このような日は、なおさら頼りない気がすることだろう」といたいたしく嘆いて、 「雪深い山の道は晴れるときがなくても 文は絶えず通うようなってください」 と詠えば、乳母は泣いて、 「雪が絶え間なくふる吉野の山に行っても 心の通う跡が絶えることがありましょうか」 と詠って慰めるのだった。 2018. 例は待ちきこゆるに、、胸うちつぶれて、、おぼゆ。 「わが心にこそあらめ。 いなびきこえむをしひてやは、あぢきな」とおぼゆれど、「軽々しきやうなり」と、せめて思ひ返す。 いとうつくしげにて、前にゐたまへるを見たまふに、 「」 と思ほす。 この春より生ふす御髪、尼削ぎのほどにて、ゆらゆらとめでたく、つらつき、、言へばさらなり。 よそのものに思ひやらむほどの心の闇、推し量りたまふに、いと心苦しければ、うち返しのたまひ明かす。 「」 と聞こゆるものから、念じあへずうち泣くけはひ、あはれなり。 姫君は、何心もなく、御車に乗らむことを急ぎたまふ。 寄せたる所に、母君みづから抱きて出でたまへり。 片言の、声はいとうつくしうて、袖をとらへて、「乗りたまへ」と引くも、いみじうおぼえて、 「」 えも言ひやらず、いみじう泣けば、 「さりや。 あな苦し」と思して、 「 のどかにを」 と、慰めたまふ。 さることとは思ひ静むれど、えなむ堪へざりける。 乳母の少将とて、あてやかなる人ばかり、御 佩刀 ( はかし )、やうの物取りて乗る。 人だまひによろしき若人、童女など乗せて、御送りに参らす。 道すがら、とまりつる人の心苦しさを、「いかに。 罪や得らむ」と思す。 雪が少し融けてから君はお越しになった。 いつもはお待ちしているのだが、姫を連れに来たのだと思うと、胸がつぶれて、自分を責めるのだった。 「自分が決めたのだ。 強いて断ってしまえば、つまらぬことをした」と思うだろうが、「軽はずみなこと」と思い返すのだった。 とてもかわいい様子で、姫が前にいるのを見ると、 「明石の上との縁は前世から深いのだ」 と君は思うのだった。 この春からのばしはじめた髪は、尼そぎの程にのびて、ゆらゆらとみごとで、顔つきや目の輝きなどすばらしい。 他人のものになる苦しい心の闇を推し量るに、ひどく気の毒になり、また安心するように仰せになる。 「いいえ、わたしのような賎しい身分としてではなく育てて下されば」 と言うのだが、こらえきれずに泣くさまは、あわれであった。 姫君は、無邪気に、車に乗ろうと急ぐのだった。 車を寄せた所に、母君もずから抱いて出てきた。 片言の声がかわいらしく、袖をつかんで「乗りましょう」と引くのも、悲しくなり、 「生い先長い幼子に今別れて 大きく育った姿をいつ見れるでしょうか」 最後まで言えずに、激しく泣けば、 「そうだね。 つらいね」と思って、 「生まれた縁も深いので母の松に 幼子の小松もそろって末長く暮すでしょう、 ご安心を」 と慰めるのであった。 きっとそうなる思いを静めるが、堪えがたいのだった。 乳母の少将など、高貴な方々が御 佩刀 ( はかし )や 天児 ( あまがつ )と一緒に乗り込む。 お供の車には美しい若人や童女などを乗せて、お見送るのだった。 道すがら、残った人の苦悩を思うと、自分はどんなに罪深いことをしているのかと思うのだった。 2018. 乳母の局には、西の渡殿の、北に当れるをせさせたまへり。 若君は、道にて寝たまひにけり。 抱き下ろされて、泣きなどはしたまはず。 こなたにて御くだもの参りなどしたまへど、やうやう見めぐらして、母君の見えぬをもとめて、らうたげにうちひそみたまへば、乳母召し出でて、慰め紛らはしきこえたまふ。 「山里のつれづれ、ましていかに」と思しやるはいとほしけれど、。 「」 と、口惜しく思さる。 しばしは、人びともとめて泣きなどしたまひしかど、おほかた心やすくをかしき心ざまなれば、上にいとよくつき睦びきこえたまへれば、「いみじううつくしきもの得たり」と思しけり。 こと事なく抱き扱ひ、もてあそびきこえたまひて、乳母も、おのづから近う仕うまつり馴れにけり。 また、やむごとなき人の乳ある、添へて参りたまふ。 御袴着は、何ばかりわざと思しいそぐことはなけれど、けしきことなり。 御しつらひ、雛遊びの心地してをかしう見ゆ。 参りたまへる客人ども、、あながちに目も立たざりき。 ただ、姫君の襷引き結ひたまへる胸つきぞ、うつくしげさ添ひて見えたまひつる。 暗くなってからお着きになり、車寄せから邸の華やかな様子が感じられて、田舎びた女房たちには、「居心地の悪いお勤めになるのか」と思ったが、西面に別に造作させて、小さい調度類なども美しくそろえていた。 乳母の局として、あえて西の渡り殿の北の当たる処に新たに設けていた。 姫君は道中寝てしまった。 抱き下ろされても、泣かなかった。 こちらへ菓子類が持ってこられたが、ようやく見めぐらして、母君が居ないのに気づいて、可愛らしくべそをかいたが、乳母が呼ばれて、あやして気を紛らわすのだった。 「山里の所在ない日々をどうしていられるか」とかわいそうに思いやるが、朝晩、思いのままに世話をして見られるのは、至極満足な気持ちであろう。 「世人が非難する余地のない子が、こちらに生まれないのは」 と口惜しく思うのだった。 しばらくは、だれかれと捜して泣いていたが、元来が素直でかわいらしい性格なので、紫の上によくなついたので、「ほんとうに可愛らしい子がさずかった」と思うのだった。 他のことはそっちのけで、抱いたり可愛がったりするので、乳母も自然と近くに仕えることに慣れるのだった。 また、高貴で乳の出る方をそばにつけた。 御袴着は、何か特別に準備するということもなかったが、やはりすばらしかった。 飾りつけは、雛遊びを思わせて見事だった。 参列した客人たちもたくさん来ていたが、日頃から多いので、特に目立つこともなかった。 ただ姫君の襷を前で結ぶ胸の様子が、ことさら可愛らしく見えたのだった。 2018. さこそ言ひしか、尼君もいとど涙もろなれど、かくもてかしづかれたまふを聞くはうれしかりけり。 、ただ御方の人びとに、乳母よりはじめて、世になき色あひを思ひいそぎてぞ、贈りきこえたまひける。 「」と思はむに、いとほしければ、年の内に忍びて渡りたまへり。 いとどさびしき住まひに、明け暮れのかしづきぐさをさへ離れきこえて、思ふらむことの心苦しければ、御文なども絶え間なく遣はす。 女君も、今はことに怨じきこえたまはず、うつくしき人に罪ゆるしきこえたまへり。 大井では、姫君をたいへん恋しがり、自分が手放したことを悔いて嘆くのだった。 あのように言ったが、尼君も涙もろくなってしまうが、こうして大切にされているのを聞くとうれしかった。 こちらから何ができるだろ、ただお付の人々に、乳母をはじめとして、世にも珍しい色合いの衣を用意して、贈った。 「待ち遠しい思いをさせるのも、やっぱりだ」と思われると、かわいそうなので、年の内に訪れた。 さびしい住まいにいて、明け暮れ大事にしていた姫を手放してしまった、と嘆いていると思うとお気の毒なので、文を絶え間なく遣わすのだった。 紫の上も今は恨みもなく、美しい姫君に免じて大目に見ていた。 2018. うららかなる空に、思ふことなき御ありさまは、いとどめでたく、磨き改めたる御よそひに、参り集ひたまふめる人の、おとなしきほどのは、七日、御よろこびなどしたまふ、ひき連れたまへり。 若やかなるは、何ともなく心地よげに見えたまふ。 次々の人も、心のうちには思ふこともやあらむ、うはべは誇りかに見ゆる、ころほひなりかし。 東の院の対の御方も、ありさまは好ましう、あらまほしきさまに、さぶらふ人びと、童女の姿など、うちとけず、心づかひしつつ過ぐしたまふに、近きしるしはこよなくて、のどかなる御暇の隙などには、ふとはひ渡りなどしたまへど、夜たち泊りなどやうに、わざとは見えたまはず。 ただ御心ざまのおいらかにこめきて、「かばかりの宿世なりける身にこそあらめ」と思ひなしつつ、ありがたきまでうしろやすくのどかにものしたまへば、をりふしの御心おきてなども、こなたの御ありさまに劣るけぢめこよなからずもてなしたまひて、あなづりきこゆべうはあらねば、同じごと、人参り仕うまつりて、別当どもも事おこたらず、なかなか乱れたるところなく、目やすき御ありさまなり。 年も改まった。 うららかな空に、何一つ心配することがない有様は、たいへんめでたく、調度類も磨き清められ、年賀に来る人々の、年輩の方々は、七日、お礼の言上のため途切れることがなかった。 若い人々は、何ということもなく、心地よげだに見えた。 下位の人々も、思うこともあろうが、うわべは陽気に見える時節でもあった。 東の院の対の花散里も、暮らしぶりは好ましく、申し分のない様子で、お仕えする人々や童女の姿など、きちんとして、気を配りながら過ごしているが、近いことの利点はてきめんで、のんびりした暇な折には、お越しになるが、夜の泊まりなどのように、わざわざ出かけることもない。 ただ女君のご性格がおおらかで素直で、「この程度の宿世の定めの身だから」と思って、めったにないほど気安くのんびりしているので、その時々の心付けなども、こちらの紫の上に劣らず差をつけないもてなしであって軽んじられることがないので、こちらも同じように人が集まってお仕えし、別当たちも怠らず仕事にはげむので、万事がきちんとして、結構な模様であった。 2018. 女君、ただならず見たてまつり送りたまふ。 姫君は、御指貫の裾にかかりて、慕ひきこえたまふほどに、外にも出でたまひぬべければ、立ちとまりて、いとあはれと思したり。 、「明日帰り来む」と、口ずさびて出でたまふに、渡殿の戸口に待ちかけて、。 「」 いたう馴れて聞こゆれば、いとにほひやかにほほ笑みて、 「」 、上はうつくしと見たまへば、遠方人のも、こよなく思しゆるされにたり。 「いかに思ひおこすらむ。 われにて、いみじう恋しかりぬべきさまを」 と、うちまもりつつ、ふところに入れて、うつくしげなる御乳をくくめたまひつつ、戯れゐたまへる御さま、見どころ多かり。 、 「」 など、語らひあへり。 山里の明石の君のつれづれを慰めることも忘れず、公私ともに忙しい時に、源氏がお出かけになると言って、常よりも身なりを整えて、桜の直衣に、すばらしい衣を重ねて、香をたきしめた装束で、紫の上に暇乞いをするさまは、夕日が一杯に差し込んで、実に美しく見えた。 女君は安からぬ気持ちでお見送りする。 姫君は、あどけなく指貫のすそにまとわりついて、慕っていたが、御簾の外に出てきそうだったので、源氏は立ち止まり、とてもいとおしく思った。 なだめすかして、「明日帰ってくるから」とふと神楽の一節がでて、姫君は渡戸の戸口で待って、中将の君から申し上げた。 「あちらにお引き止めする方がおられないのなら 明日帰ってくる夫をお待ちしましょう」 打ち解けて申し上げると、にっこり微笑んで、 「行って見て明日にも帰って来ましょう たとえあちらの方の機嫌を損ねても」 やりとりを分からず無心にじゃれあっている姫君を、可愛らしいと思い、あちらの方をすっかり許しているのだった。 「あちらはいかに思っていることか。 わたしも手放せばひどく恋しくおもうだろうから」 と姫君を見守りながら、ふところに入れてかわいらしいお乳を戯れにふくませる様子は、実に美しかった。 お側に仕える女房たちは、 「どうしてこちらに、同じことなら」 「ほんとにね」 などと語り合うのだった。 2019. 「、世に似ぬひがものなる親の聞こえなどこそ、苦しけれ。 人のほどなどは、さてもあるべきを」など思す。 、心のどかならず立ち帰りたまふも苦しくて、「夢のわたりの浮橋か」とのみ、うち嘆かれて、箏の琴のあるを引き寄せて、かの明石にて、小夜更けたりし音も、例の思し出でらるれば、琵琶をわりなく責めたまへば、すこし掻き合はせたる、「いかで、かうのみひき具しけむ」と思さる。 若君の御ことなど、こまやかに語りたまひつつおはす。 ここは、かかる所なれど、かやうに立ち泊りたまふ折々あれば、はかなき果物、強飯ばかりはきこしめす時もあり。 近き御寺、桂殿などにおはしまし紛らはしつつ、、また、、おしなべてのさまにはもてなしたまはぬなどこそは、。 女も、かかる御心のほどを見知りきこえて、過ぎたりと思すばかりのことはし出でず、また、いたく卑下せずなどして、御心おきてにもて違ふことなく、いとめやすくぞありける。 、かばかりもうちとけたまふことなく、気高き御もてなしを聞き置きたれば、 「近きほどに交じらひては、なかなかいと目馴れて、人あなづられなることどももぞあらまし。 たまさかにて、かやうにふりはへたまへるこそ、たけき心地すれ」 と思ふべし。 、この御心おきて、ありさまをゆかしがりて、おぼつかなからず、人は通はしつつ、胸つぶるることもあり、また、おもだたしく、うれしと思ふことも多くなむありける。 大井では、ゆったりと風雅がしのばれる暮らしぶりで、家の建て方も一風変わって趣があり、明石の君ご自身の気配は、見るたびに、高貴な人々に劣るところがなく、容姿や身だしなみも非の打ちどころがなくなってゆくのだった。 「ただ世間の評価では、受領の娘が高貴な人の思い人になるのはあると軽く受け止めて、大変な変わり者の親だけは残念なことだった。 娘の人柄は、十分なものだ」などと君は思うのだった。 いつも、短い逢瀬で心を残して別れるからだろうか、ゆっくりできずに立ち去るのが心苦しくて、「夢のわたりの浮橋」よろしく物思いが絶えないと嘆かれて、箏の琴を引き寄せて、あの明石の夜更けの演奏を思い出し、琵琶を催促されて弾かせれば、すこし合わせて弾いたのだが、「どうしてこんなにうまく弾くのだろう」と思うのだった。 姫君のことなど、細やかに話すのだった。 ここはこのような田舎であるが、こうして泊まることもあって、菓子や強飯などを召し上がるときもあった。 近くの御堂や桂殿に来るのを口実にしてお越しにな、夢中になっている風はみせないけれど、また、はっきりとは無作法な扱いもなく、並の女の扱いでもないのは、ご寵愛が深いからのように見えた。 明石の上も、このような源氏の心を見聞きしていて、出過ぎたことはせず、また自分を卑下することもなく、源氏のみ心に違わないように、しごく申し分のない態度であった。 高貴な女の所でも、これほどに打ち解けることはなく、気高い所作をすることをおぼろげにも聞いていたので、 「お側近くにあっては、すぐに目馴れて、見くびられることもあるだろう。 時たまでもこのようにわざわざお越しになられると、実にありがたい気持ちになるのだ」 と思うべきだろう。 明石の入道も、そんな強がりを言ったが、源氏の御意向知りたがって、都に人をやって、胸がつぶれることもあり、晴れがましくうれしく思うことも多くあったのだった。 2019. 世の重しとおはしつる人なれば、朝廷にも思し嘆く。 しばし、、天の下の騷ぎなりしかば、まして、悲しと思ふ人多かり。 源氏の大臣も、いと口惜しく、よろづこと、おし譲りきこえてこそ、暇もありつるを、心細く、事しげくも思されて、嘆きおはす。 帝は、御年よりはこよなう大人大人しうねびさせたまひて、世の政事も、、またとりたてて御後見したまふべき人もなきを、「誰れに譲りてかは、静かなる御本意もかなはむ」と思すに、いと飽かず口惜し。 、御子ども孫に過ぎてなむ、こまやかに弔らひ、扱ひたまひける。 その年、おほかた世の中騒がしくて、 朝廷 ( おおやけ )ざまに、もののさとししげく、のどかならで、 「天つ空にも、例に違へる月日星の光見え、雲のたたずまひあり」 とのみ、世の人おどろくこと多くて、たてまつれるにも、あやしく世になべてならぬことども混じりたり。 のみなむ、御心のうちに、わづらはしく思し知らるることありける。 その頃、太政大臣が亡くなった。 世の重鎮であってみれば、帝もお嘆きになる。 一時隠居していたときも、国中の心配事であったから、まして、多くの人が悲しんだ。 源氏も残念に思い、万のことどもを譲ってやってもらっていたので、自分の暇もできたのだが、心細く思い、忙しくなることを思って、嘆くのだった。 帝は年よりは大人びて成長されて、世の 政事 ( まつりごと )も、頼りな気でく不安なわけではなかったが、とりたてて源氏以外にご後見する人もなかったので、「誰かに譲って静かに出家生活をすることも叶わないだろう」と思うと、実に残念な気持ちであった。 追善の法事も、子供や孫たちよりも実に細やかに弔うのであった。 その年、世の中全体に変事が起き、朝廷にもお告げが多く、落ち着かず、 「空にもいつもと違う月や太陽や星の光見え、怪しい雲が現れた」 とか、世の人が驚くことが多く、それぞれの道が奏上した勘文のなかにも、ただならぬ怪しいことどもが混じっていた。 源氏だけが、心中ひそかに懸念することがあったのだった。 2019. 院に別れたてまつらせたまひしほどは、、もの深くも思されざりしを、いみじう思し嘆きたる御けしきなれば、宮もいと悲しく。 「今年は、かならず逃るまじき年と思ひたまへつれど、おどろおどろしき心地にもはべらざりつれば、命の限り知り顔にはべらむも、、功徳のことなども、わざと例よりも取り分きてしもはべらずなりにける。 参りて、心のどかに昔の御物語もなど思ひたまへながら、」 と、いと弱げに聞こえたまふ。 三十七にぞおはしましける。 されど、いと若く盛りにおはしますさまを、惜しく悲しと見たてまつらせたまふ。 「、晴れ晴れしからで、月ごろ過ぎさせたまふことをだに、嘆きわたりはべりつるに、をも、常よりことにせさせたまはざりけること」 と、いみじう思し召したり。 ただこのころぞ、おどろきて、よろづのことせさせたまふ。 月ごろは、常の御悩みとのみうちたゆみたりつるを、源氏の大臣も深く思し入りたり。 限りあれば、ほどなく帰らせたまふも、悲しきこと多かり。 宮、いと苦しうて、はかばかしうものも聞こえさせたまはず。 御心のうちに思し続くるに、「高き宿世、世の栄えも並ぶ人なく、」と思し知らる。 主上の、、さすがに心苦しう見たてまつりたまひて、これのみぞ、うしろめたくむすぼほれたることに、思し置かるべき心地したまひける。 藤壺入道は、正月から病がちになって、三月にはひどく重くなってきたので、帝のお見舞いがあった。 桐壺院と別れたときには、まだごく幼くて、さほど深い悲しみを感じなかったけれど、この度はひどく思い嘆いている様子なので、宮もたいそう悲しく思うのだった。 「今年は必ず死ぬだろうと思っていたが、それほどひどい気持ちにはならなかったので、自分の寿命を知っている物知り顔をしていたら、世間の人はさぞかし厭味に思うであろうこと気にして、功徳の仏事も特別に催すこともなかったのだった。 参内して、のんびり昔の話などをしたいとおもうのだが、気分がはれる時が少なく、残念ながらうっとうしい日々を過ごしています」 と弱弱しく仰せになる。 藤壷は三十七になっていた。 しかし、まだ若く女盛りに見えるので、もったいなく悲しく思うのだった。 「ことさら気をつけなければならない年のなに、気分が晴れず、何ヶ月も過ごしていたとは、嘆かわしいことなのに、祈祷・潔斎などの慎みも特段にはしていなかったとは」 と悲しく思うのだった。 この頃になって、驚いていろいろなことをさせたのだった。 月ごろはいつものことと油断していたのが、源氏もひどく心配されるのだった。 帝はきまりがあるので、すぐお帰りになったのも、悲しいことだった。 藤壺は、苦しくて、はっきり物も言えない。 心のなかで思うのは、「高い宿世に恵まれ、世の栄達も並ぶものなかったが、それでも飽き足りないと思うこと人一倍つよいこの身であった」と思い知るのであった。 帝が、このような事情を少しもご存知ないのを、さすがに心苦しくお思いになって、このことばかりが気がかりで、この世に思いが残りそうであった。 2019. 人知れぬあはれ、はた、限りなくて、御祈りなど思し寄らぬことなし。 年ごろ思し絶えたりつる筋さへ、今一度、聞こえずなりぬるが、いみじく思さるれば、近き 御几帳 ( みきちょう )のもとに寄りて、御ありさまなども、さるべき人びとに問ひ聞きたまへば、親しき限りさぶらひて、こまかに聞こゆ。 「月ごろ悩ませたまへる御心地に、御行なひを時の間もたゆませたまはずせさせたまふ積もりの、いとどいたうくづほれさせたまふに、このころとなりては、柑子などをだに、触れさせたまはずなりにたれば、頼みどころなくならせたまひにたること」 と、泣き嘆く人びと多かり。 「院の御遺言にかなひて、内裏の御後見仕うまつりたまふこと、年ごろ多かれど、、のどかに思ひはべりけるを、今なむあはれに口惜しく」 と、ほのかにのたまはするも、ほのぼの聞こゆるに、御応へも聞こえやりたまはず、泣きたまふさま、いといみじ。 「などかうしも心弱きさまに」と、人目を思し返せど、、 、 、心にかなふわざならねば、、いふかひなく思さるること限りなし。 「はかばかしからぬ身ながらも、昔より、御後見仕うまつるべきことを、心のいたる限り、おろかならず思ひたまふるに、太政大臣の隠れたまひぬるをだに、世の中、心あわたたしく思ひたまへらるるに、また、かくおはしませば、よろづに心乱れはべりて、世にはべらむことも、残りなき心地なむしはべる」 など聞こえたまふほどに、燈火などの消え入るやうにて果てたまひぬれば、いふかひなく悲しきことを思し嘆く。 源氏は、治世の上からも、このように高貴な方ばかりが続いて亡くなってしまうのを、思い嘆くのだった。 藤壺への愛惜の想いは限りなく、祈祷も手を尽くした。 年来諦めていた思いが、今一度申し上げられなかったのを、悔やんでいたので、み几帳の近くに寄って、ご様子を介護の女房たちにお尋ねになると、側近のものたちが集まって、詳しく申し上げるのだった。 「月ごろからご容態がすぐれないままに、仏事のお勤めは怠らず続けた結果が積もり積もって、すっかりお弱りになってしまいまして、この頃では、柑子などもまったく口にしなくなったので、ご回復の望みもなくなってしまいました」 と泣き嘆くものが多かった。 「桐壺院の御遺言通りに、帝の御後見をなさって下さっていること、年ごろからありがたいと思い知っておりましたが、はたしてどんな折にひとかたならぬ感謝の気持ちを申し上げようかと、のんびり思っていましたが、今は大変く残念に思っております」 と宮入道が臥す床からかすかに仰せになるのをかすかに聞いて、お答えを申し上げることもでず、泣いているさまはとてもおいたわしい。 「どうしてこんなに心弱くなったのか」と、人目を気にするが、昔から藤壺の美しいお姿は、世間一般の目から見ても、もったいないほどすばらしく、寿命は意のままにならぬゆえこの世に引きとめることもできず、口惜しいことこの上もない。 「至らぬ身ながらも、昔から御後見を仕ることについては、心を尽くして、疎かにせず思っておりましたが、太政大臣がお亡くなりになっただけでも、世の中があわただしく思われるのに、またかようなことになれば、すべて心が乱れて、この世に残っているのもあとわずかと感ぜられますj など仰せになるうちに、灯火の消えるようにお亡くなりになり、ひどく悲しく嘆くのだった。 2019. 、勧むるによりたまひて、いかめしうめづらしうしたまふ人なども、昔のさかしき世に皆ありけるを、これは、さやうなることなく、のさるべき限りして、まことに心深きことどもの限りをし置かせたまへれば、惜しみきこゆ。 、世の中響きて、悲しと思はぬ人なし。 殿上人など、なべてひとつ色に黒みわたりて、ものの栄なき春の暮なり。 二条院の御前の桜を御覧じても、花の宴の折など思し出づ。 「」と、一人ごちたまひて、人の見とがめつべければ、御念誦堂に籠もりゐたまひて、日一日泣き暮らしたまふ。 夕日はなやかにさして、山際の梢あらはなるに、雲の薄くわたれるが、鈍色なるを、何ごとも御目とどまらぬころなれど、いとものあはれに思さる。 「」 人聞かぬ所なれば、かひなし。 藤壺入道は、貴いご身分のなかにあっても、ご性格などは世の人にたいしてあまねく慈悲の心を持ち、権勢を笠に着て人の迷惑になることも往々にしてやりがちであるが、そのようなことはまったくなさらず、下々に仕える人たちがなさることも、世の中の人が苦しむようなことはさせなかった。 仏事の供養ににても、勧進のままに盛大に人を驚かすことを昔の聖賢の世にはあったようだが、そのようなこともせず、ただ宮家に伝わる宝物、年毎に朝廷から賜るもの、お后のお手当てのなかから割いて、まことに深くお心にかなうことを尽くしてなさったので、物も分からない山伏などまでご崩御を惜しむのであった。 葬儀のさいしても、世の中の人たちは騒ぎになり、みな悲しむのであった。 殿上人など黒一色で、全く栄える処のない春の暮れであった。 二条院の御前の桜を見ても、花の宴の時を思い出すでだった。 「今年ばかりは墨染めに」と一人口ずさんで、人が見咎めるので、御念誦堂に籠って一日中泣く暮らしているのだった。 夕日が明るくさして、山際の梢がはっきりして、雲が薄くなびき、鈍色になり明らかになり、悲しみにふさがれて何も目にとまらないのであったが、あわれであった。 「入り日さす峰にたなびく薄雲は 悲しみにくれるわたしの袖の色のようだ」 誰も聞くものがいないので、せっかくの歌もかいなしだ。 2019. この入道の宮の御母后の御世より伝はりて、次々の御祈りの師にてさぶらひける僧都、故宮にもいとやむごとなく親しきものに思したりしを、朝廷にも重き御おぼえにて、いかめしき御願ども多く立てて、世にかしこき聖なりける、年七十ばかりにて、今は終りの行なひをせむとて籠もりたるが、宮の御事によりて出でたるを、内裏より召しありて、常にさぶらはせたまふ。 このごろは、なほもとのごとく参りさぶらはるべきよし、大臣も勧めのたまへば、 「今は、夜居など、いと堪へがたうおぼえはべれど、仰せ言のかしこきにより、古き心ざしを添へて」 とて、さぶらふに、静かなる暁に、人も近くさぶらはず、あるはまかでなどしぬるほどに、古代にうちしはぶきつつ、世の中のことども奏したまふついでに、 「いと奏しがたく、かへりては罪にもやまかり当たらむと思ひたまへ憚る方多かれど、知ろし召さぬに、、天眼恐ろしく思ひたまへらるることを、心にむせびはべりつつ、命終りはべりなば、何の益かははべらむ。 仏も心ぎたなしとや思し召さむ」 とばかり奏しさして、えうち出でぬことあり。 その後の法事などもすぎて、諸事が終わって静かになり、帝は心細く感じた。 藤壺入道の宮の母后の代から、引き続いて代々お祈りの師をしている僧都は、亡くなった宮も尊く思い信頼していたが、帝にもご信頼厚く、大事な誓願も多く立て、世にも尊い僧であったが、歳は七十あまり、今は自身の後世のために勤行で籠っていたが、宮のことがあって山を下りていたが、内裏からお召しがあり、いつもひかえていたのだった。 このころは元のように護持僧としてお側近くにお仕えするよう、源氏からも勧められたので、 「今は夜居などは堪えがたく思われますが、恐れ多いご意向ですから昔からのご奉仕もあり」 とて、側に控えていたが、静かな暁に、人も近くにおらず、また退出してしまったころ、古風に咳払いをして、世の中のことどもをお話なさるついでに、 「まことに奏上いたしかねますが、黙してはかえって罪にあたるかと思いまして、またご存知なきままでは、拙僧の罪が重くて、天の眼を恐れながら心の中で嘆いていては、命が終わって何の役がありましょう。 仏も、心が卑しい奴と思われるでしょう」 とばかり奏しかけて、最後まで言わないことがあった。 2019. この世に恨み残るべく思ふことやあらむ。 法師は、聖といへども、あるまじき横様の嫉み深く、」と思して、 「いはけなかりし時より、隔て思ふことなきを、そこには、かく忍び残されたることありけるをなむ、つらく思ひぬる」 とのたまはすれば、 「あなかしこ。 さらに、仏の諌め守りたまふ真言の深き道をだに、隠しとどむることなく広め仕うまつりはべり。 まして、。 これは来し方行く先の大事とはべることを、過ぎおはしましにし院、后の宮、ただ今世をまつりごちたまふ大臣の御ため、すべて、。 かかる老法師の身には、たとひ愁へはべりとも、何の悔かはべらむ。 仏天の告げあるによりて奏しはべるなり。 わが君はらまれおはしましたりし時より、故宮の深く思し嘆くことありて、御祈り仕うまつらせたまふゆゑなむはべりし。 詳しくは法師の心にえ悟りはべらず。 、大臣横様の罪に当たりたまひし時、いよいよ 懼 ( お )ぢ思し召して、重ねて御祈りども承はりはべりしを、大臣も聞こし召してなむ、またさらに言加へ仰せられて、御位に即きおはしまししまで仕うまつることどもはべりし。 その承りしさま」 とて、詳しく奏するを聞こし召すに、、恐ろしうも悲しうも、さまざまに御心乱れたり。 、御応へもなければ、僧都、「進み奏しつるを」と、、やをらかしこまりてまかづるを、召し止めて、 「心に知らで過ぎなましかば、後の世までの咎めあるべかりけることを、今まで忍び籠められたりけるをなむ、。 またこの事を知りて漏らし伝ふるたぐひやあらむ」 とのたまはす。 「さらに、なにがしと王命婦とより他の人、この事のけしき見たるはべらず。 さるによりなむ、いと恐ろしうはべる。 天変しきりにさとし、世の中静かならぬは、このけなり。 いときなく、ものの心知ろし召すまじかりつるほどこそはべりつれ、やうやう御齢足りおはしまして、何事もわきまへさせたまふべき時に至りて、咎をも示すなり。 よろづのこと、親の御世より始まるにこそはべるなれ。 何の罪とも知ろし召さぬが恐ろしきにより、」 と、泣く泣く聞こゆるほどに、明け果てぬれば、まかでぬ。 主上は、夢のやうにいみじきことを聞かせたまひて、いろいろに思し乱れさせたまふ。 「故院の御ためもうしろめたく、大臣のかくただ人にて世に仕へたまふも、あはれにかたじけなかりける事」 かたがた思し悩みて、日たくるまで出でさせたまはねば、「かくなむ」と聞きたまひて、大臣も驚きて参りたまへるを、御覧ずるにつけても、いとど忍びがたく思し召されて、御涙のこぼれさせたまひぬるを、 「おほかた故宮の御事を、干る世なく思し召したるころなればなめり」 と見たてまつりたまふ。 帝が、「どんなことか。 この世に恨みを残すことがあるのか。 法師は、聖僧といえども、けしからぬことに嫉妬深いことも多く、厭な処がある」と思っていたので、 「幼い頃から、隔てなく思っていたのに、そなたにはこのように心の中で隠しごとがあったとは、なんともつらく思うぞ」 と仰せになったので、 「恐れ多いことでございます。 仏が大事に守っている真言の深い意味も、隠すことなくお伝えしました。 どうして、心に隠し事などありましょう。 これは、来し方行く末の大事であり、崩御された院、后の宮、今のご時勢を治めておられる大臣の御ため、申し上げずば、かえってよからぬことが漏れでましょう。 この老法師の身に、たとえ災いがあっても、何の悔いがありましょう。 仏天のお告げがあり、奏上いたしております。 帝を御懐妊された時から、故藤壺の宮が深く思い嘆くことがありまして、お祈りをさせていただいたことがありました。 詳しくは法師の心では分かりません。 不慮の事態が起こり、源氏の君があらぬ罪で須磨へ退去されましたとき、宮はいよいよご心配されて、重ねてお祈りを仰せになり、源氏もお聞きになって、さらに願い事を付け加えられて、御位におつきになられるまで続きました。 そのうけたまわった内容は」 と、詳しく奏上するのをお聞きになり、思いもかけぬ驚くべきことで、恐ろしくも悲しくも、様々に心が乱れた。 しばしの間、お応えがないので、僧都は、「進んで奏上したことが不届きと思われ」と、困ったことになったと思い、やおら退出しようとするのを、止めて、 「心に知らずに過ぎてしまえば、後生までも非難を受ける秘密であったものを、今まで心のなかに秘めていたのは、かえって安心のならない人だと思うぞ。 他にこのことを知っていて、世間に漏らすような人はいるだろうか」 と仰せになる。 「わたしと王命婦の他には、このことを知っている人はいません。 そうですから、かえって恐ろしいのです。 天が異変を起こしてしきりに警告し、世の中が静かにならないのは、この故です。 幼く、物の心を知らない頃はまだよかったのですが、ようやく歳も十分におなりになり、何事わきまえる頃になって、天は咎を明らかにするのです。 すべては、親の御代から始まっています。 何の罪を犯しているのかご存知なさらないのが恐ろしく、あえて忘れようとしておりましたが、あらためて申し上げた次第です」 と泣く泣く申し上げているうちに、夜もあけたので、退出した。 帝は、夢のような恐ろしいことをお聞きになって、あれこれと思い乱れるのだった。 「故桐壷院のためにも気が引けるし、大臣がこのように臣下として仕えているのも恐れ多いことだ」 あれこれと思い悩んでいて、日が高くなるまで夜の御殿から出てこないので、「このような様子です」と聞いて、大臣も驚いて参内したのをご覧じにつけても、忍びがたく思われ、お涙がこぼれるのを、 「おそらく故藤壺の宮のことを涙のかわくまもなく思っているのだろう」 と見るのであった。 2019. かかるころなれば、大臣は里にもえまかでたまはで、つとさぶらひたまふ。 しめやかなる御物語のついでに、 「。 もの心細く例ならぬ心地なむするを、天の下もかくのどかならぬに、よろづあわたたしくなむ。 、世間のことも思ひ憚りつれ、今は心やすきさまにても過ぐさまほしくなむ」 と語らひきこえたまふ。 「いとあるまじき御ことなり。 世の静かならぬことは、かならず政事の直く、ゆがめるにもよりはべらず。 さかしき世にしもなむ、よからぬことどももはべりける。 聖の帝の世にも、横様の乱れ出で来ること、唐土にもはべりける。 わが国にもさなむはべる。 まして、、思し嘆くべきことにもはべらず」 など、すべて多くのことどもを聞こえたまふ。。 常よりも黒き御装ひに、やつしたまへる御容貌、違ふところなし。 主上も、年ごろ御鏡にも、思しよることなれど、聞こし召ししことの後は、またこまかに見たてまつりたまひつつ、ことにいとあはれに思し召さるれば、「いかで、このことをかすめ聞こえばや」と思せど、さすがに、はしたなくも思しぬべきことなれば、若き御心地につつましくて、ふともえうち出できこえたまはぬほどは、ただおほかたのことどもを、常よりことになつかしう聞こえさせたまふ。 うちかしこまりたまへるさまにて、いと御けしきことなるを、かしこき人の御目には、あやしと見たてまつりたまへど、いとかく、さださだと聞こし召したらむとは思さざりけり。 その日、式部卿の親王がお亡くなりになったと報告があり、いよいよ世の中が騒がしくなったことを、帝は嘆いた。 このころには、源氏は自邸に帰らず、内裏につめてるようになった。 しんみりしたお話のついでに、 「わたしの寿命も尽きてしまうのだろうか。 いつにもまして心細い心地がして、天の下ものどかならず、万事あわただしい。 故母宮がご心配されるので帝位のことも言わずにいたが、今は気楽な身分で暮らしたい」 と仰せになったのである。 「とんでもないことです。 世の中が静かにならないのは、かならずしも 政 ( まつりごと )が、まっすぐであるとかまがっているとかではなく、聖賢の世の中でも、よからぬことがはびこるものです。 聖人の帝の世にも、ありえないことが乱れ出てくるのは、唐土にも例があります。 わが国にもあります。 まして、死に近い人がその時がきて亡くなるのを、思い嘆くにもあたりますまい」 など、すべて多くのことをお話なさるのだった。 その一端をもここに書くのは、ひかえさせていただきます。 帝がいつもより黒っぽい装いで、やつれたお顔は、まさに二人は生き写しであった。 帝も、年ごろ鏡を見て思うことなので、あの話を聞いた後では、さらに細かく見ていても、ことにあわれに思い召されるので、「どうしてこのことをそれとなく言ったらいいだろう」と思うが、さすがにきまりの悪いことなので、お年が若く気が引けてしまって、急にはとても言い出せないので、ただ世間のさしさわりのないことを、いつもよりなつかしげにお話になるのだった。 帝がへりくだった様子で、普段と違う風にしておられるのを、源氏の目には何かあやしいとと見てとったが、まさかかくもはっきりとお聞きになったとは思わなかったのであった。 2019. ただ、大臣にいかでほのめかし問ひきこえて、先々のかかる事の例はありけりやと問ひ聞かむ」 とぞ思せど、さらについでもなければ、いよいよ御学問をせさせたまひつつ、さまざまの書どもを御覧ずるに、 「唐土には、現はれても忍びても、乱りがはしき事いと多かりけり。 日本 ( ひのもと )には、さらに御覧じ得るところなし。 たとひあらむにても、かやうに忍びたらむことをば、いかでか伝へ知るやうのあらむとする。 一世の源氏、また納言、大臣になりて後に、さらに親王にもなり、位にも即きたまひつるも、あまたの例ありけり。 人柄のかしこきにことよせて、さもや譲りきこえまし」 など、よろづにぞ思しける。 帝は、王命婦に詳しいことを聞いてみようと思ってみたが、 「今さら、これまで秘していたことを知りましたと、王命婦に思われてしまうだろう。 ただ、源氏にそれとなく問うて、過去にこのような例はあったかと聞いてみよう」 と思ったが、その機会もなかったので、いよいよ学問をして古今の書などを調べて見るに、 「唐土には、公になっていることでも隠し事でも、乱れた事例は多くあった。 わが国には、その例が見つからなかった。 たとえあったにしても、このような秘め事を、どうして伝わって知ることができようか。 源氏一世は、また納言、大臣になって後、親王にもなり、帝位についた例もたくさんあった。 源氏の人柄の優れていることを理由に譲ろうか」 などといろいろに思うのだった。 2019. 「故院の御心ざし、。 何か、その御心改めて、及ばぬ際には昇りはべらむ。 ただ、もとの御おきてのままに、朝廷に仕うまつりて、今すこしの齢かさなりはべりなば、のどかなる行なひに籠もりはべりなむと思ひたまふる」 と、常の御言の葉に変はらず奏したまへば、いと口惜しうなむ思しける。 太政大臣になりたまふべき定めあれど、しばし、と思すところありて、ただ御位添ひて、牛車聴されて参りまかでしたまふを、帝、飽かず、かたじけなきものに思ひきこえたまひて、なほ親王になりたまふべきよしを思しのたまはすれど、 「世の中の御後見したまふべき人なし。 、大納言になりて、右大将かけたまへるを、今一際あがりなむに、何ごとも譲りてむ。 さて後に、ともかくも、静かなるさまに」 とぞ思しける。 なほ思しめぐらすに、 「故宮の御ためにもいとほしう、また主上のかく思し召し悩めるを見たてまつりたまふもかたじけなきに、誰れかかることを漏らし奏しけむ」 と、あやしう思さる。 命婦は、、曹司たまはりて参りたり。 大臣、対面したまひて、 「このことを、もし、もののついでに、露ばかりにても漏らし奏したまふことやありし」 と案内したまへど、 「さらに。 かけても聞こし召さむことを、いみじきことに思し召して、かつは、罪得ることにやと、主上の御ためを、なほ思し召し嘆きたりし」 と聞こゆるにも、ひとかたならず心深くおはせし御ありさまなど、尽きせず恋ひきこえたまふ。 秋の定期異動のとき、太政大臣になられることをうちうちに申し上げるついでに、帝は思っている譲位のことを漏らしたが、源氏は面もあげず恐ろしく思われ、絶対にそうしてはならないと固く辞退するのだった。 「故桐壺院の御心は、たくさんの皇子たちのなかで、特別わたしを思し召しておられたが、それでも帝位を譲ることはお考えにならなかった。 どうして今そのお考えを改めて、及びもつかぬ帝位にのぼれましょう。 ただ、元のお考えのまま、朝廷に仕えて、今すこし歳を重ねましたら、心静かに勤行などに籠ろうと思っております」 といつものお言葉に変わらず仰せになれば、帝は残念に思うのだった。 太政大臣になるようお沙汰があったが、今はまだと思うところがあって辞退したので、位階だけ昇進し、牛車での参内を許されたが、帝はあきらめず、もったいないことと思い、ではせめて親王になってほしいと思い申し出たのだが、 「ご後見される人がいなくなります。 権中納言が大納言になられて右大将を兼ねるますが、もう一段昇進すれば、みなお譲りしましょう。 その後は政務をはなれて静かに暮らしましょう」 と思っていた。 さらに源氏が思いめぐらすに、 「故藤壺の宮のためにもお気の毒であるし、また今上がこのことを思い悩んでいるのもお気の毒であるし、誰がこのことを漏らして奏したのだろう」 と怪しく思われるのだった。 命婦は、御匣殿が移動になった後に移って、局を賜って参内していた。 大臣は、お会いになって、 「故藤壺の宮は、このことを、何かのついでにでも、ちょっとでも漏らしたことはありますか」 とお尋ねになったが、 「いえ、決して。 今上がお知りになるのを、ひどく恐れておりましたし、また一方罪を負うことになるのではないか、と今上のために、しきりと思い悩んでおりました」 と申し上げるについても、宮の一方ならず思慮深くておられた有様を、限りなく恋しく思い出すのだった。 2019. 、思ふさまにあらまほしう見えたまへれば、。 秋のころ、二条院にまかでたまへり。 寝殿の御しつらひ、いとど輝くばかりしたまひて、。 秋の雨いと静かに降りて、御前の前栽の色々乱れたる露のしげさに、いにしへのことどもかき続け思し出でられて、御袖も濡れつつ、女御の御方に渡りたまへり。 こまやかなる鈍色の御直衣姿にて、世の中の騒がしきなどことつけたまひて、やがて御精進なれば、数珠ひき隠して、さまよくもてなしたまへる、尽きせずなまめかしき御ありさまにて、御簾の内に入りたまひぬ。 前斎宮の女御は、思ったとおり実に適任の世話役で、帝は大そうなご寵愛であった。 お心づかい、お人柄なども、思い通りに申し分なかったので、源氏はありがたいお方と大切になさっていた。 秋の頃、女御は二条院に里帰りした。 寝殿のしつらいは、輝くばかりにして、源氏はすっかり親代わりにお世話しているのだった。 秋の雨が静かに降って、御前の前裁の秋草がいろいろ咲き乱れて露に濡れている様に、すっかり昔のことが思い出されて、袖を濡らしながら、女御の方へ渡ってゆくのだった。 濃い鈍色の直衣姿で、世の中が騒がしいのにことつけて、まだ続いて精進中なので、数珠をひそかに隠しもって、優雅な物腰で、また実に美しい所作で、御簾のなかにお入りになった。 2019. 「前栽どもこそ残りなく紐解きはべりにけれ。 いとものすさまじき年なるを、、あはれにこそ」 とて、柱に寄りゐたまへる夕ばえ、いとめでたし。 昔の御ことども、かの野の宮に立ちわづらひし曙などを、聞こえ出でたまふ。 いとものあはれと思したり。 宮も、、すこし泣きたまふけはひ、いとらうたげにて、うち身じろきたまふほども、あさましくやはらかになまめきておはすべかめる。 「見たてまつらぬこそ、口惜しけれ」と、胸のうちつぶるるぞ、うたてあるや。 「過ぎにし方、、 、好き好きしきことにつけて、もの思ひの絶えずもはべりけるかな。。 一つは、。 、 、 、 」 とて、。 「中ごろ、身のなきに沈みはべりしほど、方々に思ひたまへしことは、片端づつかなひにたり。 東の院にものする人の、そこはかとなくて、心苦しうおぼえわたりはべりしも、おだしう思ひなりにてはべり。 心ばへの憎からぬなど、我も人も見たまへあきらめて、いとこそさはやかなれ。 かく立ち返り、朝廷の御後見仕うまつるよろこびなどは、さしも心に深く染まず、かやうなる好きがましき方は、静めがたうのみはべるを、。 あはれとだにのたまはせずは、いかにかひなくはべらむ」 とのたまへば、むつかしうて、御応へもなければ、 「さりや。 あな心憂」 とて、 異事 ( ことこと )に言ひ紛らはしたまひつ。 「今は、いかでのどやかに、生ける世の限り、、後の世の勤めも心にまかせて、籠もりゐなむと思ひはべるを、この世の思ひ出にしつべきふしのはべらぬこそ、さすがに口惜しうはべりぬべけれ。 かならず、。 かたじけなくとも、なほ、この門広げさせたまひて、、数まへさせたまへ」 など聞こえたまふ。 御応へは、いと、からうして一言ばかりかすめたまへるけはひ、、しめじめと暮るるまでおはす。 几帳だけで隔てて、女御みずから対応される。 「前裁もいっせいに咲きましたね。 まことに面白くもない年ですが、草花は物知り顔に時をえて咲いているのがあわれですね」 と、柱に寄りかかっている様子は、夕ばえに映えて、実に美しかった。 昔のことどもを、あの野の宮で帰りがたかった曙の時のことなどをお話しになり、しみじみと思い出すのだった。 女御も「思い出せば」だろうか、少し泣く気配がして、可愛らしく、身じろぎする様子は、なんとも言えずやわらかくなまめかしいのだった。 「見れないのが残念だ」と胸が騒ぐのを、困ったものである。 「今まで、格別思い悩むこともなくて過ごしてきた世の中も、自ら求めて、色恋沙汰について物思い絶えないことがあった。 相手の人に悪かったと思われることが沢山あった中で、最後まで心が解けず気持ちが晴れないままで終わってしまったのが二つあった。 ひとつは、お亡くなりになったお母様のことです。 わたしの不実をひどくお恨みになったままお亡くなりになったのは、終生の痛恨事と思っていますが、このように親しくお世話できるのを慰めと思いますが、恨みが解けぬままになってしまったことは、いまも心残りです」 と、今ひとつは仰せにならなかった。 「また一時、この身が落ち込んでおりました折に、いろいろと考えたことは、少しずつかなえました。 東の院にお住まいの人も、頼りない暮らし向きで、気がかりだったのですが、安心できるようになりました。 気立てのやさしいところなど、わたしも相手もよく分かり合って、何のわだかまりもありません。 帰京して、帝の御後見をいたしますよろこびなどは、さして心に染みません。 こうした好き好きしい方面は、気持ちを抑えられませんのですが、あなたに対しては並々ならず気持ちを抑えてお世話しているとはご存知でしょうか。 お気の毒とも思われなければ、尽くす甲斐がありません」 と仰せになれば、応ずるのが難しく、返事がないので、 「そうですか。 残念だ」 とて、話題を変えるのだった。 「今はどうかして心安く、生きている限り、この世に執着を残さず、後の世に参るべく勤行をし、籠っていたいと思っていますが、この世の思い出にすることは何もないので、それだけは残念に思います。 きっと、幼い娘がいますが、その成長が待ち遠しいです。 恐れ多いことですが、さらにこの家門を広げて、わたしが亡くなった後も繁栄させてほしい」 と仰せになった。 ご返事はおっとりした様子で、やっと一言ほのかにおっしゃる気配で、実にやさしげに聞こえたので、しみじみと暮れるまでいたのだった。 2019. 春の花の林、秋の野の盛りを、とりどりに人争ひはべりける、そのころの、げにと心寄るばかりあらはなる定めこそはべらざなれ。 唐土には、春の花の錦に如くものなしと言ひはべめり。 大和言の葉には、秋のあはれを取り立てて思へる。 いづれも時々につけて見たまふに、目移りて、えこそ花鳥の色をも音をもわきまへはべらね。 狭き垣根のうちなりとも、その折の心見知るばかり、春の花の木をも植ゑわたし、秋の草をも堀り移して、いたづらなる野辺の虫をも棲ませて、人に御覧ぜさせむと思ひたまふるを、いづ方にか御心寄せはべるべからむ」 と聞こえたまふに、いと聞こえにくきことと思せど、むげに絶えて御応へ聞こえたまはざらむもうたてあれば、 「まして、いかが思ひ分きはべらむ。 げに、、はかなう消えたまひにし露のよすがにも、思ひたまへられぬべけれ」 と、しどけなげにのたまひ消つも、いとらうたげなるに、え忍びたまはで、 「 忍びがたき折々もはべりかし」 と聞こえたまふに、「」と思したる御けしきなり。。 、 、わが御心も、「若々しうけしからず」と思し返して、うち嘆きたまへるさまの、、。 、 「。 まことに心深き人は、かくこそあらざなれ。 よし、今よりは、憎ませたまふなよ。 つらからむ」 とて、渡りたまひぬ。 人びと、御格子など参りて、 「この御 茵 ( しとね )の移り香、言ひ知らぬものかな」 「いかでかく取り集め、」 「ゆゆしう」 と聞こえあへり。 「一門の隆盛についてはさておき、一年のうちに行き変わる季節の花紅葉、空の移り変わりにつけても、思う存分楽しみたいものです。 春の花の林や秋の野の盛りなど、それぞれに人は言い争いますが、どちらか、実にこれこそとはっきり決めることは難しいようです。 唐土には、春の花の錦に勝るものはないと言っています。 大和言葉には、秋のあわれを取り上げておりますねわ。 いずれもその時々を見ると、目が移って花の色も鳥の声も決めかねてしまいます。 狭い垣根の中でも、その時期のいいものを選んで、春の花の木植え、秋の草も掘り起こして移植し、聞く人もない野辺の虫を棲まわせて、人にも見せようと思うのですが、どちらがいいと思いますか」 と仰せになるが、実に答えに窮することだと思うが、まったく返事をしないのも失礼なので、 「わたし如きがどうして分かりましょう。 実際、いつと決めかねますが、あやしと詠われた秋の夕べこそ、はかなく亡くなった母のよすがも思い出されます」 と自信なげに言いさす様子も、実に可愛らしくて、君は堪えられずに、 「それならあなたも同じ思いを交わしてください 人知れず身にしみる秋の夕風を感じています 堪えられないときもありますので」 と仰せになると、「どうお応えしたものか。 わかりません」と思っている気配であった。 この機会に、胸にためずに、いろいろ恋の思いを怨みがましく申し上げた。 もう少し、無理な口説き文句をしそうになったが、女房がひどく嫌だと思うのももっともだし、自分でも「年甲斐もなく見っともない」と反省して嘆く様子が、深くなまめかしいのも、女房は嫌ったのだった。 そっと少しずつ引っ込んでいきそうな気配だったので、 「ひどく嫌ったものですね。 まことに思慮深い人は、このように言わないもの。 これから、嫌わないでください。 つらくなります」 と言って、お立ちになった。 しっとりした衣の匂いが残っているのさえ、嫌だと思う。 女房たちがきて格子を下ろして、 「この御 茵 ( しとね )の移り香、何とも言いようがありませんね」 「どうしてこう取り集めて、まるで柳の枝に梅の香と桜の花だわ」 「恐いくらい」 と言い合った。 2019. 燈籠遠くかけて、近く人びとさぶらはせたまひて、物語などせさせたまふ。 「かうあながちなることに胸ふたがる癖の、なほありけるよ」 と、わが身ながら思し知らる。 「これはいと似げなきことなり。 恐ろしう罪深き方は多うまさりけめど、いにしへの好きは、思ひやりすくなきほどの過ちに、仏神も許したまひけむ」と、思しさますも、「なほ、この道は、うしろやすく深き方のまさりけるかな」 と、思し知られたまふ。 女御は、秋のあはれを知り顔に応へ聞こえてけるも、「悔しう恥づかし」と、御心ひとつにものむつかしうて、悩ましげにさへしたまふを、、常よりも親がりありきたまふ。 女君に、 「女御の、秋に心を寄せたまへりしもあはれに、君の、春の曙に心しめたまへるもことわりにこそあれ。 時々につけたる木草の花によせても、御心とまるばかりの遊びなどしてしがなと、公私のいとなみしげき身こそふさはしからね、いかで思ふことしてしがなと、ただ、御ためさうざうしくやと思ふこそ、心苦しけれ」 など語らひきこえたまふ。 対に渡っても、すぐには入らなかった。 ひどく物思いにふけっていて、縁近くに横になった。 灯篭を遠くにかけさせて、近くに女房たちを伺候させて、話をさせるのだった。 「このような無理な恋に胸ふさがれることが、まだあるのだ」 と自分のことを思い知るのだった。 「これは自分にはふさわしくないのだ。 罪深いという点ではこれよりもひどかったと思うが、若い頃の好きは思慮が足りなかったのだから、仏神も許してくれるだろう、と思いなおすのだが、「この恋の道は、心残りのない思慮深さが必要なのだ」 と思い知るのだった。 女御の方は、秋のあわれを物知り顔に申し上げたが、「悔いて恥ずかしい」と、ひとりでくよくよして悩んでいたが、一方源氏の方は、何食わぬ顔をして、より親ぶってお世話をするのだった。 紫の上に、 「女御が秋のあわれに心を寄せたのも分かるし、あなたが春の曙に心ひかれるのももっともです。 時々に咲く木草の花によせて、あなたの楽しめる管弦の遊びなどしたいのですが、公私の忙しい身には無理でしょうから、どうかして思い通りにしたいのですが、ただあなたが退屈しないかと思い、心苦しいのです」 などと仰せになるのだった。 2019. 」を、「」とは思すものから、いとほしくて、例の、にことつけて渡りたまへり。 住み馴るるままに、。 いと木繁き中より、篝火どもの影の、遣水の螢に見えまがふもをかし。 「かかる住まひにしほじまざらましかば、めづらかにおぼえまし」 とのたまふに、 「 」 と聞こゆれば、 「 」 と、おし返し恨みたまへる。 おほかたもの静かに思さるるころなれば、尊きことどもに御心とまりて、例よりは日ごろ経たまふにや、すこし思ひ紛れけむ、とぞ。 「大井の君はどうしているか」など、いつも思っているが、自由に動けない身分なので、行くことは難しかった。 「自分との仲をあじけなく情けないものと思っているが、どうしてそう思うのだろう。 気軽に京に出て、いいかげんな暮らしはしない」などと「身分不相応な」と源氏は思うが、いとおしくて、例によって、嵯峨の念仏勤行を口実にして通うのだった。 住み慣れてみると、たいへん物寂しいところなので、深刻なことでなくても、思いは深まるのだった。 まして源氏とお逢いして、つらい宿縁であっても浅からぬ縁を思うと、明石の君は容易には慰めようもない気色なので、源氏はなだめかねるのだった。 木が繁るなかで、篝火がともり、遣水に蛍が飛び交うのも風情があった。 「海辺のすまいを経験していなかったら、珍しい光景だろう」 と仰せになると、 いさり火の影が忘れられません 憂きこの身を慕ってここまで来たのだろうか あの頃と見まがいます」 と明石の君が詠えば 「深い思いの丈を知らない人は ともし火の影は揺れていると思うでしょう」 悲しい思いをさせたのは誰ですか」 とお返しに恨み言を返した。 一体に秋の落ち着いた時季であってみれば、念仏の勤行のこともあいまって、いつもより日を延べて、明石の君の気も紛れただろうか。 2019.

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