コソダテフル 80。 コロナで子どもの習い事意欲が激減!辞めるのって気が重い…【コソダテフルな毎日 第168話】|ウーマンエキサイト(1/3)

【コソダテフル】ちゅいママヲチ53【yuki出張マルチで飛び火】

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父の兄弟も多いので、たくさんのおじやおばが祖父宅に集合し夜遅くまでお酒を飲んだり話に花を咲かせている中、私たち子どもはいとこたちと戯れながら過ごしていました。 何をするわけでもないのですが、雰囲気だけで楽しいものでした。 家族旅行に行った事がなかったので、唯一家族で遠出した思い出は「おじいちゃんおばあちゃん家」です。 しかし、現在。 我が家の子ども達はというと親戚づきあいはほぼありません。 定期的に会う親戚はわずかに存在しますが、そもそも親戚一同が集まる機会がないですし、人数自体もものすごく少ないので、もしかしたら我が子にとって「親戚」という概念すらないんじゃないかというぐらい疎遠な存在となっています。 それはそれで特に不自由はないのですが、子ども達にとって機会損失しているな~と思うことは、 「お年寄りの昔話を聞けない」事です。 いまどきのおじいちゃんもおばあちゃんも若いのでまだまだ現役世代が多いですが、80代以上の方(父や母の姉妹にあたる年齢)の話って聞いた事ありますか? 戦争や、戦後の混乱した日本を生き抜いてきた人達の昔話を聞くって、子ども達にとってだけでなく私たちにとっても貴重な機会だと思うのです。 今から7年前、私の父の初盆の際に実家におじやおば(父の兄や姉に当たります)が集まったのですが、その時の話が私にとってはとても衝撃的でした。 今日のテーマは子育てに関係ありませんが、何十年か前の日本はこんなんだったんだよ~~と子ども達に伝えたくて書く事にします。 あくまで私の親戚の体験談で、戦場に出向いて命がけで帰ってきたとかそういうエピソードではないのですが、戦争の時代に人々がどういう暮らしをしていたかという貴重な体験を聞かせてくれました。 おじ(愛媛出身)がおば(大阪出身)と結婚した当初、おばがお味噌汁にお麩を入れたんだそうです。 そしたらおじが「麩なんて鯉が食べるもんや!! 」とキレたってゆう話から始まったんです。 今の私からしたらお麩は立派な食材のひとつですが、当時のおじからしたらお麩は「鯉の餌」だったんでしょうね。 母乳の出も結核も鯉の血頼み!! ひぃぃ…。 今なら母乳が出ないなら粉ミルクでぜんっぜんオッケーですが、当時のお母さんにとって母乳が出ないって死活問題ですよね。 本当にワラにもすがる思いで鯉の血を飲んだんでしょうね…。 さらに、おじが自分がひもじくとも愛でていた100匹以上の庭の鯉。 その後、どうなったかといいますと、 おじ:「忘れもせん、小学2年のとき。 学校から帰ってきたら、朝までおった鯉が1匹ものうなっててのー。 人の家の庭から勝手に鯉を根こそぎ!! おじ:「あの時代は、鍋やら金属やら、根こそぎ持っていかれても文句は言えんかったから」 ひぃぃ…。 どうせ根こそぎ持っていかれるんなら、やっぱり食べてればよかったのに…。 おじ:「それが戦争が終わってしばらくして、新しくできたプールに行ったら、そこの池に、うちの鯉がおってのぉ。 うちの鯉が泳いどんのよ。 フォッフォッフォ…」 何じゃそりゃ!! 鯉、生きとったんかーーーーい!! それじゃぁ、ただ家からプールに引越しただけじゃん!! いやいや、そうやって笑って済ませられるのも、混沌としたメチャクチャな時代だったからこそですよね。 医者も役所も適当よ」 おば:「そうよ、戦争中は、盲腸でよう人が死んどったわ」 え!? 盲腸で!? 盲腸で死んでたんですか!? おば:「よう死んではったで。 なんてったって、手術するっつっても、麻酔なんてないから、意識あるまま、お腹切るんやで」 ヒーー!!!! もう、「ヒー!」しか出てきません。。。 おば:「押さえつけられて生きたままお腹切られて、消毒もなにもないから、化膿したり、術後の回復がよくなくってよう死んではったわ」 切腹じゃないですか!! こぅっわーーー!!!! おば:「私の親戚の兄さんも、盲腸になったゆうて、兄さんのお母さんが、リアカーに布団しいて、兄さん乗せて、茨木から、大阪城のとこまで押して歩いて運んどったわ」 ひーーー!! 大阪をご存じない方には分からないかもしれないけれど、茨木から大阪城まで歩く…。 歩けない事はないのでしょうが、、ろくに整備されてない道をリアカーに人乗せて…とても行ける距離じゃぁありません。 おば:「あのお兄さん、どうしはったんやろ。 あ、でも、こないだ死んだから、生き残ったってことやろうな。 ガハハ」 わ…わろてる…。 戦時中の話はメチャクチャすぎて、激動の中生きてきた世代の人たちの生命力が凄すぎる!! と、改めて敬意を払ったのでありました。 戦後の、日本全体が復興に向けて伸びていくまさにALWAYS(映画)の時代の話も聞きました。 今私たちが当たり前のように使っているトンネルだったり電線だったり高速道路だったり…。 今整えられているインフラは、昔の方々が必死に汗かいて働いて作ってきてくださったものだと考えると、感謝せずにはいられません(おじの話聞いてたら仕事が過酷すぎました。 ブラックどころじゃない)。 いまのお年寄りたちが現在の日本の土台を作ってくださったからこそ、私たちは今こんなにも便利な生活を送れているんだと敬意を表しながら、カーナビ・ETC・Bluetooth搭載の涼しい車でバビューン! とトンネルくぐりたいと思います! (ほんっと…数十年後の日本がこんなになってるだなんて当時の人達は想像もしていなかったでしょうね) オギャ子.

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【コソダテフル】ちゅいママヲチ50【子供の年齢詐称まださんしゃい!】 YouTube動画>1本

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こちら大阪です。 学校が通常通りの登校になって、日常が戻ってきつつあります。 が、コロナ自粛の期間中に変わってしまったことがあります。 それは…子どもの習い事! 長い間お休みしている間に、もともと高くなかった子どもの意欲がさらに低くなり、辞めたいコール連発~~~。 こうなってみてつくづく実感するのが、 習い事、 はじめは簡単 あと大変(急に一句) です。 我が家の場合は次男の野球と三男のそろばんです。 去年、プロ野球にはまったことから、次男自身も野球をするようになり、 せっかくなら何かスポーツをと思って少年野球チームに入部させましたが、 喜んで行ったの最初の5回ぐらい。 だんだんと「つまらな~い」「やだ~」というようになってきて… おいおいおい。 あの情熱はどこへ行った。 コロナでチームが練習中止になっているときも、寂しそうとか残念そうな様子は一切なく、 超~~快適そうに過ごしていました!!! こんな状態でまた練習に戻るのも本末転倒ですし、私も毎週末嫌がる息子のお尻を叩いてまで野球に通わせる情熱がないですし… このコロナのどさくさに紛れて辞めてもいいかな~~と思ったのですが、特に次男の野球は小学校の有志でできている野球チームなので、周囲の保護者達との繋がりも出てきます。 長い自粛期間を経て、さぁこれからまた練習を始めよう!! と士気が高まっているところに「辞めたいです」の連絡を入れることを思うと、 非常~~~に気が重い! 仕事でもバイトでもなんでもそうですけど、「働かせてください!」っていうのは簡単だけど「辞めさせてください!」っていうのは気が重いですよね…。 うっ…。 でも新年度の役割決めや新しい会費が引き落とされるまでに連絡しないと、余計ややこしいことになるので意を決して連絡しました。 ドキドキ…。 もちろん無理に引き止められたりということはないのですが、入る時には相談なしですんなり入ったけど、辞める時には相談がいるという…おぉ…。 次男は野球をやめたらかわりにダンスでも習わせようかな~~とか盛り上がってましたが、よく考えたら辞める時にまた同じような思いをしないといけないんですよね~…。 三男はそろばんをやっているのですが、小学校になり下校時間が遅くなったことで教室に通いにくくなり、近くの教室に変更しようかと思ってるのですが(今通ってるところは辞めないといけない)、それも言い出しにくい…。 始めるのは簡単だけど、 本当に大丈夫!? 次こそは、送り迎えや、辞め時のことまでしっかり考えてから始めようと思いま~~す。 (気づくのおっそ!!

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【休校延長でコソダテフル】オギャ子(旧ちゅいママ)ヲチ80【学童預けて夫婦でコストコ】

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こちら大阪です。 学校が通常通りの登校になって、日常が戻ってきつつあります。 が、コロナ自粛の期間中に変わってしまったことがあります。 それは…子どもの習い事! 長い間お休みしている間に、もともと高くなかった子どもの意欲がさらに低くなり、辞めたいコール連発~~~。 こうなってみてつくづく実感するのが、 習い事、 はじめは簡単 あと大変(急に一句) です。 我が家の場合は次男の野球と三男のそろばんです。 去年、プロ野球にはまったことから、次男自身も野球をするようになり、 せっかくなら何かスポーツをと思って少年野球チームに入部させましたが、 喜んで行ったの最初の5回ぐらい。 だんだんと「つまらな~い」「やだ~」というようになってきて… おいおいおい。 あの情熱はどこへ行った。 コロナでチームが練習中止になっているときも、寂しそうとか残念そうな様子は一切なく、 超~~快適そうに過ごしていました!!! こんな状態でまた練習に戻るのも本末転倒ですし、私も毎週末嫌がる息子のお尻を叩いてまで野球に通わせる情熱がないですし… このコロナのどさくさに紛れて辞めてもいいかな~~と思ったのですが、特に次男の野球は小学校の有志でできている野球チームなので、周囲の保護者達との繋がりも出てきます。 長い自粛期間を経て、さぁこれからまた練習を始めよう!! と士気が高まっているところに「辞めたいです」の連絡を入れることを思うと、 非常~~~に気が重い! 仕事でもバイトでもなんでもそうですけど、「働かせてください!」っていうのは簡単だけど「辞めさせてください!」っていうのは気が重いですよね…。 うっ…。 でも新年度の役割決めや新しい会費が引き落とされるまでに連絡しないと、余計ややこしいことになるので意を決して連絡しました。 ドキドキ…。 もちろん無理に引き止められたりということはないのですが、入る時には相談なしですんなり入ったけど、辞める時には相談がいるという…おぉ…。 次男は野球をやめたらかわりにダンスでも習わせようかな~~とか盛り上がってましたが、よく考えたら辞める時にまた同じような思いをしないといけないんですよね~…。 三男はそろばんをやっているのですが、小学校になり下校時間が遅くなったことで教室に通いにくくなり、近くの教室に変更しようかと思ってるのですが(今通ってるところは辞めないといけない)、それも言い出しにくい…。 始めるのは簡単だけど、 本当に大丈夫!? 次こそは、送り迎えや、辞め時のことまでしっかり考えてから始めようと思いま~~す。 (気づくのおっそ!!

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