バチカン 条約。 【核兵器禁止条約】新たにレソトが批准して38か国に « 原水協通信 on the web

イタリアとヴァチカンの間で締結され、ヴァチカンが独立国となるきっかけとなった「ラテラーノ条約(または...

バチカン 条約

『エヴァンゲリオン新劇場版:破』評価は? 8更新 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』あらすじ概要 『』の続編。 4部作の2作目。 突然やってきた第2の少女・アスカと一緒に暮らすことになる碇シンジ。 レイと3人のチームワークも増すが、新エヴァと使徒の出現により…。 0億円 () 世界興行収入 0. 批評家と一般は単純平均 ネタバレ感想『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』考察や評価レビュー この先は ネタバレありの感想考察です。 他の映画はも参考にしてください。 その後、庵野秀明は「スタジオカラー」として独立します。 そして前作『』から「序・破・Q・シン」全4部作が、TVアニメのリビルド(再構築)版として始まりました。 「序破急」は雅楽の舞楽や能楽の三幕構成のことです。 ちなみに四幕構成は「起承転結」。 前作『序』はTV版とほぼ同じ内容でした。 本作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』も終盤までの展開は似てますが、最初から 新キャラのマリが登場するし、エヴァ新機体のあつかいも変わっていて、ラストは驚きの結末です! 使徒、特務機関NERV(ネルフ)、その上位機関で国連所属のゼーレ SEELE 、セカンドインパクト、第3新東京市などの世界観や用語などは、映画『』で解説したので気になる人は確認してください。 シンジの母とは?父子の距離感が変化? 碇シンジは、父の碇ゲンドウと一緒に地上へ降りて、母の碇ユイの墓参りへ行きます。 2人で来たのは3年ぶりだそうです。 新劇場版での 碇ユイの死因はまだ不明ですが、遺体もないのでセカンドインパクトやエヴァ実験がらみでしょうか。 前作の碇ゲンドウの息子に対する冷たさと比べると別人のように思えますが、ヤシマ作戦でのシンジの活躍を少しは認めたのかもしれません。 本作では、父子のコミュニケーションや距離感の変化も見どころの1つです。 碇ゲンドウは息子シンジのことが嫌いなわけではなく 「子どもとの接し方がわからないオヤジ」の典型です。 「人類の存亡をかけた仕事」と「我が子」を天秤にかけて迷わず前者を選べる合理的思考力こそが、ゼーレに評価されたのでしょう。 しかしゲンドウが息子シンジとのコミュニケーションを放棄したわけではないのは、中盤で活躍したシンジを「よくやった」とほめた点からも明らかです。 綾波レイがアレンジした食事会が開催できなかったのは残念ですね。 そして 綾波レイを碇ユイとかぶせて見る碇ゲンドウも描写されます。 本作時点では明らかにされてませんが、綾波レイが碇ユイの生まれ変わりやクローンである可能性を感じさせます。 新キャラ真希波マリとは何者? 真希波・マリ・イラストリアスは、旧作TV版にも登場しなかった完全新キャラです。 冒頭で、 NERVユーロ支部のエヴァンゲリオン仮設5号機パイロットとして登場し、秘密裏に日本のNERV本部へ訪れ、第10使徒戦ではエヴァ2号機で出撃します。 真希波(まきなみ)マリは、他 エヴァ女性パイロット「綾波レイ」「式波アスカ」と同様に「波」がつきます。 「碇シンジ」もあわせると、海に関する名字がエヴァパイロットとして共通してますが「第4の少女」とは呼ばれません。 今回、真希波マリが顔を合わせたネルフ隊員はほとんどいないため、碇シンジは数少ない1人です。 私は最初、 真希波マリを「式波アスカの母親か姉」と深読みしたけど、アスカの惨事後に悲しみが見られなかったので違ったのでしょう。 結局「破」までの情報ではマリの正体は不明ですが、ネルフ隊員ですら知らなかった エヴァンゲリオンの裏コード「ザ・ビースト」を簡単に発動させたことから、裏事情にくわしい人物であることは間違いなさそうです。 バチカン条約とは?エヴァ7機とパイロット一覧 冒頭、真希波マリが搭乗する NERVユーロ支部のエヴァンゲリオン仮設5号機は、第3の使徒を倒した後に自爆して消滅します。 NERV日本支部の碇ゲンドウと冬月コウゾウは、この消滅を「計画どおり」と発言します。 NERVユーロ支部から日本へは、アスカとエヴァ2号機が配備されます。 NERV北米支部のエヴァンゲリオン4号機は、実験中に爆発し消滅します。 その件で弱腰になったNERVアメリカ支部は、エヴァンゲリオン3号機の実験を日本支部に移管します。 結果的にアメリカの不安は的中し、搭乗した アスカごとエヴァ3号機は「第9の使徒」に寄生されてしまいます。 アスカを気にしてトドメをさせないシンジのエヴァ初号機は、碇ゲンドウの命令でダミープラグによる強制操縦に切り替えられます。 ダミープラグで機械的に動くエヴァ初号機は、第9使徒を喰い倒して アスカの入ってるエントリープラグをかみ砕きます。 初号機の中でなす術なかったシンジは、ネルフ基地を破壊するとおどすが、ゲンドウがLCL濃度を上げさせて停止させます。 その後出現した第10使徒に、真希波マリが操縦するエヴァ2号機は敗れ、 綾波レイが乗るエヴァ零号機は破壊されてエントリープラグごと飲みこまれてしまいます。 シンジが乗るエヴァ初号機がレイを助け出し、サードインパクトが発生。 と思いきやエンドロール後、 ロンギヌスの槍?が初号機を貫いてくい止められます。 槍を投げたのは、月から飛来した 「EVANGELION Mark. 06」とパイロットの渚カヲルです。 Mark. 06は碇ゲンドウと冬月が、 月で偵察したエヴァ6号機です。 エヴァンゲリオン内での バチカン条約とは、一国家のエヴァ保有数は3機までという世界レベルでの規定です。 だから、日本にエヴァ4号機が到着すると、零号機、初号機を残して、2号機を凍結しました。 エヴァンゲリオン6号機までまとめ• エヴァ零号機(綾波レイごと第10使徒に喰われた)• エヴァ初号機(碇シンジとレイが融合しMark6の槍に貫かれた)• エヴァ2号機(マリがザビースト化。 レイに救われるが大破)• エヴァ3号機(アスカごと第9使徒に寄生され初号機が撃破)• エヴァ4号機(NERV北米支部で実験中に爆発)• エヴァ5号機(NERVユーロ支部で第3使徒戦後にマリが自爆)• EVANGELION Mark. 06(エヴァ6号機。 渚カヲルと月から飛来) 使徒とは?第10まで全使徒の一覧! 使徒とは、セカンドインパクト以降に第3新東京市に襲来する謎の生命体です。 目的は、特務機関NERV基地の地下「セントラルドグマ」に眠る「第2使徒リリス」との接触により「サードインパクト」を引き起こすことです。 使徒の弱点「コア」は、防護バリア「ATフィールド」で守られてるため、戦略自衛隊や国連軍などによる通常攻撃が全く通用しません。 ATフィールドを中和できる「汎用ヒト型決戦兵器エヴァンゲリオン」のみが人類唯一の対抗手段です。 「第3の使徒」は竜の骸骨のような形状です。 永久凍土から発掘されNERVユーロの旧北極基地「ベタニアベース」で実験中、地上「アケロン」へ逃走し、 マリが乗るエヴァ仮設5号機にコアを破壊されて、5号機の自爆に巻きこまれ消滅します。 「第7の使徒」は、水飲み鳥のおもちゃのように細長い足と振り子のようなコアを持ちます。 アスカが乗るエヴァ2号機は、細い触手攻撃を全てかわしておとりコアを破壊後、ATフィールドを蹴り破って本コアごと使徒を形象崩壊させます。 「第8の使徒」は黒い球体のようで、強力なATフィールドと落下エネルギーによりNERV本部の消失をねらいます。 その後セントラルドグマに眠る「第2使徒リリス」と接触するつもりです。 長距離攻撃もATフィールドでゆがめるほどです。 葛城ミサトの作戦で、まずエヴァ初号機に乗るシンジがATフィールド全開で両手で使徒を受け止めます。 コアは高速回転してとらえられないので、エヴァ零号機のレイがコアをキャッチし、 エヴァ2号機のアスカがナイフと膝蹴りで撃破します。 「第9の使徒」は、北米から移管されたエヴァンゲリオン3号機に寄生し、パイロットの式波アスカごと乗っ取ります。 エヴァ初号機のシンジが戦いを躊躇すると碇指令がダミープラグに切り替え、 エヴァ3号機こと使徒は徹底的に破壊されます。 「第10の使徒」は、鎧のような形状と強力なATフィールドで高い防御力を持ち触手で攻撃します。 マリが裏コードで獣化第2形態化したエヴァ2号機が破壊されながらも複数のATフィールドをかみ砕き、レイのエヴァ零号機がN2誘導弾を推進力でぶつけて爆破するが倒せません。 第10使徒は丸のみしたエヴァ零号機や綾波レイと同化し、セントラルドグマの「第2使徒リリス」へエヴァとして侵入することでネルフの自爆装置を無効にする作戦です。 しかし シンジのエヴァ初号機が覚醒し、レイを救出後に使徒は消滅します。 『破』までの使徒一覧• 第2の使徒リリス(NERV地下でロンギヌスの槍に貫かれ十字架に磔)• 第3の使徒(永久凍土から発掘。 マリのエヴァ5号機の自爆で消滅)• 第4の使徒(序。 シンジ初搭乗の初号機が暴走して撃破)• 第5の使徒(序。 シンジが初号機でナイフで撃破)• 第6の使徒(序。 ヤシマ作戦でレイとシンジのエヴァが撃破)• 第7の使徒(アスカが2号機で撃破)• 第8の使徒(シンジ、レイ、アスカが協力して撃破)• 第9の使徒(3号機に寄生。 初号機が粉砕。 アスカは生死不明)• 第10の使徒(零号機とレイを捕食。 覚醒初号機がレイを救出し消滅) 勢力図は?NERV,ゼーレ,マリ,カヲル,使徒の目的は? 国際連合下の秘密組織 ゼーレ SEELE の最終目的「人類補完計画」については詳細不明ですが、第2使徒リリスに迫る使徒とエヴァンゲリオンや月で製造するMark6を使って何かを引き起こそうとしてるのは確かです。 ゼーレの下位組織NERV日本の碇ゲンドウと冬月コウゾウが企むのも「人類補完計画」ですが、ゼーレのシナリオとは違うようです。 加持リョウジをスパイとしてエヴァ5号機を自爆し、北米の4号機爆破後、3号機も使徒として消滅させます。 エヴァ初号機が覚醒してサードインパクトが発生寸前になったのも、碇ゲンドウのシナリオだったようです。 他のエヴァンゲリオンが残っていては発生しない現象だったのかもしれません。 碇ゲンドウの「人類補完計画」とは、赤木リツコの発言「この世界のことわりを越えた新たな生命の誕生。 代償として、いにしえの生命は滅びる」に近いことだと思います。 つまり 「新しい生命を誕生させる」のが目的なのでしょう。 加持が渡した「 ネブカドネザルの鍵」も人類補完計画に必要な物と推測してます。 加持リョウジは仕事と割り切ってゲンドウのために働いてるようで「大人の都合に子どもを巻き込むのは気がひける」と発言します。 それに対して新キャラ 真希波マリは「自分の目的に大人を巻きこむのは気おくれする」というセリフを残します。 つまり真希波マリは碇ゲンドウのシナリオとは違う目的で動いてるようですが、ゼーレ、カヲル、使徒のどれに所属してるのか、または単独の勢力なのか現段階では不明です。 獣化エヴァを知ることからゼーレかカヲルとつながってる気がします。 『序』でも明かされたように、 使徒の目的は「第2使徒リリス」との接触でサードインパクトを引き起こすことです。 しかし今回、覚醒エヴァ初号機、碇シンジ、綾波レイ、使徒の融合でもサードインパクトが発生しました。 つまり 4者の融合は「使徒+リリス」と同じ効果を生むのでしょう。 碇ゲンドウがエヴァ初号機に「 なぜ私を拒絶する、ユイ」と語りかけてたことから、天使の輪のついた覚醒エヴァ初号機は「母なる使徒リリス」に近い存在かもしれません。 ロンギヌスの槍?に貫かれたのもリリスと同じです。 サードインパクトを止めたMark. 06に乗る 渚カヲルの目的は「今度こそシンジ君だけは幸せにしてみせる」です。 つまり碇ゲンドウとは目的が違っています。 Mark. 06の正式パイロットなら、ゼーレの目的と一致してるのかが気になります。 運命の子ども達の成長?大人との戦い? 映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』では、登場した式波アスカの視点から、シンジ(七光)とレイ(えこひいき)のもどかしいコミュニケーションを見ることができます。 前作『序』では、葛城ミサトの視点から、シンジと父ゲンドウとの関係が見られました。 本作『破』で 最も成長したのは「強がって1人だけの力で生きてきた少女」式波アスカです。 チームワークを学び、友達関係を意識し始め、「孤独」はさみしいことだと気づき、シンジには恋愛直前の感情をいだき、レイのセッティングした父子の食事会にも参戦しようとします。 レイがシンジのことを「 ぽかぽかする」というのを聞いたアスカは、エヴァ3号機の実験日と重なったのを知り、自ら志願してシンジとレイが選ばれないようにします。 他人の幸せを願えるほど成長したアスカだけに、結末は悲劇的でした。 「ゲンドウ以外の他人に興味なかった」綾波レイと「誰かのためだけに戦ってた」碇シンジがお互いを救おうとするのも大きな成長です。 レイが「碇君がもうエヴァに乗らなくていいようにする」と特攻するシーンでは涙腺崩壊。 「他人の言いなり」が処世術のシンジが「自分のために」レイを救うのも成長です。 前作『』では、碇ゲンドウやゼーレ等「大人達」のシナリオに、「運命の子ども達」シンジとレイが振り回されてましたが、本作『破』では マリとカヲルの参戦により「子ども達」側が主導権を取りつつあります。 マリとカヲルの目的が一致するのかは『破』段階では不明ですが、ラストで 「サードインパクト」を止めたのは、「運命の子ども達」が「旧人類の大人達」のシナリオを阻止した初めての行動なので、今後の展開が楽しみです! 映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』私の評価と続編 前作『序』は、旧作TV版のダイジェストに近い内容でした。 本作『破』も基本的には旧作と似た展開ですが、新キャラ、使徒、ラストなどが完全オリジナルで全く先が読めません。 アスカやレイの悲劇は予想できたけど、それでもエモすぎます。 アスカ、レイ、シンジの成長とエモさや、謎めいた新キャラの真希波マリや渚カヲルの登場と続編の期待感などで、個人的には エヴァ新劇場版では『破』が一番好きです。 完結編『シン』が超えるかもしれませんが。 シンジが飛び出し、結局戻って戦う流れはさすがにデジャブ感あり見飽きました。 しかし父ゲンドウは常に受け入れてくれるし、前作で突き放した レイが今回は「碇君のため」に戦うので、シンジも周りも同時成長してる姿を感じられます。 エンドロール後にサードインパクトを止める渚カヲルが現れ「今度はシンジを幸せにする」と発言したので『序』でも書いたとおり「旧作TV版からのループ構造」の可能性も増しました。 続編『』も期待大! 他の映画はも参考にしてください。 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』含む映画ランキングや映画賞•

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バチカン基礎データ|外務省

バチカン 条約

今でこそ、ちっちゃい領土しか持たない国家ですが、元々はローマ周辺一帯を領土として治める立派な独立国家でした。 この独立領土を【ローマ教皇領】といい、便宜上、教皇国家と呼んでいます。 事実上の独立国家です。 元々バチカン市国はそれなりに大きな領土を持った、独立国家だったんです。 しかし、1870年、教皇国家はイタリア王国に宣戦布告を受けます。 宗教で飯食ってるような国だったので、教皇国家にはまともな軍隊がありません。 なので、教皇国家は一カ月もたたないうちに降伏しました。 後々に条約を締結し、教皇国家の教皇領は完全にイタリアに没収されます。 さらに、イタリア王国は嬉々として、次のことを教会に求めました。 なぜなら、不満があったからです。 特に、教会が政治に影響を及ぼせないことが不満でした。 ですのでこれを理由に、教会側はイタリアとの交渉を一切拒絶してしまいました。 さらに、教皇たちは、戦争に負けたにもかかわらず、現在のバチカン市国周辺域の領有権を主張しはじめました。 念のためにいますが、本来は戦争に負けたので、教皇領は全部イタリアに渡すべきです。 ですが、教会側は抵抗を始めたのです。 これを端的に言えば、イタリアと教会側の間でバチカン領をめぐった領土問題が発生してしまった、といいかえられます。 この教皇たちの抵抗は約59年間に渡って続き、この領土問題を含めたローマ教会とイタリア王国の一連の問題を【ローマ問題】と呼びました。 イタリア側はこれを何とかしようと交渉をこころみましたが、教会側は完全に交渉を拒絶。 しかも、イタリア国王を破門するなどの事態に発展してしまいました。 この法的根拠は1929年のラテラノ条約によります。 実は、この【ローマ問題】はイタリアにとって頭の痛い問題だったので、何とか解決しようという動きが盛んでした。 教会を敵に回すということは世界中のカトリック教徒を敵に回すこと同義ですから、 あんまりイタリアにとっていいことではなかったのです。 ですので、時の権力者ムッソリーニは教会側の要求をのみ、問題の解決に乗り出したのです。 その集大成がラテラノ条約なのです。 「イタリアは本来教会領全てを接収するはずだった。 だって、戦争で勝ったんだもん。 でも、吾輩ムッソリーニは教会の主張を認める。 バチカンは教会のものだ、独立を認める。 それはこのラテラノ条約が根拠となるのだ」 っていう感じです。 イタリアが領有権主張を放棄する形になっています。 これがラテラノ条約です。 バチカン市国には新しい独立国家のように見えても、中世以来の「ローマ教皇領」という国家の歴史を1000年以上もっていたのです。 1860~70年にかけて、イタリア王国(ピエモンテ王国)のイタリア統一の過程で、ローマ教会はごっそり領土を没収されました。 「ローマ教皇領」はイタリア中部に相当な領土を維持していたので、イタリアの政治的統一の障害になっていました。 しかしイタリア人はほとんどがカトリック教徒なので、イタリア人にとって「ローマ教皇領」は何とも厄介な存在だったのです。 イタリア王国としてはローマ教会と和解する必要があり、ローマ教会もイタリア王の支配下に立ちたくなかったわけで、そこで両者の妥協として1929年、ラテラン条約が締結され、イタリア王国はローマ教会の中枢部の施設がある地区を主権国家として承認し、かつて没収した土地の補償金を支払い、カトリックがイタリア唯一の宗教であることを認めたのです。 中世のような広大な領土を所有していなくとも、世俗権力から独立した地位を確保したのがバチカン市国です。 以上の繰り返しになりますが、「なぜ、独立したか」という答としては、ローマ教会はイエスの第一の弟子ペテロの権威を継承した教会として、イタリア王国という世俗権力の支配を受けたくなかったからです。

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政教条約(せいきょうじょうやく)とは

バチカン 条約

ヒトラーが政権を取ってから数年間、ヒトラーには国際的に高い評価が下されていた。 「ドイツ元首ヒトラーが共産主義ならびに虚無主義とあくまで戦う決意の人であることを認め、喜びにたえない」(ローマ教皇ピオ11世) 「ヒトラーの成功はボルシェビズムに対する防衛の強化である」(イギリス『デイリーメール』) 「結局、ヒトラーの善意は保証できる」(アメリカ『ニューヨークタイムズ』) アメリカの雑誌『タイム』は1923年に創刊されたアメリカの週刊誌であり、世界初の「ニュース雑誌」としても知られている。 この雑誌が毎年決定する「パーソン・オブ・ザ・イヤー」の第12回目(1938年)の受賞者はヒトラーだった。 こうした評価の裏には当然理由があった。 バチカンはナチス政権を承認し支持した。 また、ナチス政権はその反共主義によりソ連に敵対することが期待された。 第2章 ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害を黙認したローマ教皇ピウス12世 キリスト教会は「ユダヤ人がイエス・キリストを殺した」として、「神殺し」の汚名をユダヤ人に着せてきた。 そして、キリスト教誕生以来、ユダヤ人はキリスト教徒からの激しい迫害に曝されてきた。 中世ヨーロッパでの異端審問・強制改宗や、近世ヨーロッパでのゲットー(ユダヤ人集団隔離居住区)などの基となった反ユダヤ感情はキリスト教会によるところが大きいとされる。 バチカン(ローマ教皇庁)はナチス・ドイツによるユダヤ人迫害に対しても積極的な反対行動を起こさず、当時のローマ教皇ピウス12世(在位 1939年〜1958年)はナチス・ドイツによるユダヤ人迫害に目をつぶった。 正統派ユダヤ教指導者のナフム・ラコーバー師はローマ教皇ピウス12世の責任を追及して、次のように言った。 「ただ『するな』、それを言うだけでよかった。 それだけで数十万人、否、数百万人のユダヤ人が死を免れただろう」。 ローマ教皇ピウス12世の対応によりユダヤ人迫害の犠牲者が増えたと考えるユダヤ人は多い。 つい最近、バチカン(ローマ教皇庁)は、カトリック教会がナチス・ドイツによるユダヤ人迫害からユダヤ人を救えなかったことを遺憾とする文書を発表した。 「われわれは忘れない、ホロコーストへの反省」と題された文書は過去の反ユダヤ主義に対する謝罪を含んでいたものの、ローマ教皇ピウス12世を擁護した部分もあり、イスラエルのユダヤ教指導者から反発の声が上がった。 第3章 ナチス政権とバチカンとの間で結ばれた「政教条約」 カトリック教会の総本山バチカン(ローマ教皇庁)は世界中に10億人の信者を持つ。 ナチスとバチカンとが結びついた理由は複数ある。 その理由の1つ目はナチスとバチカンとが共に反ユダヤ主義を有していたという点である。 ナチスが唱えた反ユダヤ主義というものはナチスの専売特許ではないし、突然ヨーロッパで吹き荒れたものでもない。 反ユダヤ主義は西欧キリスト教文明の核(中心部)である。 16世紀のベネチアに世界で初めて「ゲットー」と呼ばれるユダヤ人集団隔離居住区域が設置された。 ローマ教皇パウルス4世がセム系ユダヤ人にゲットー内への居住を強制した。 その後、ゲットーは急速にヨーロッパ各地へ広まり、約300年間存続した。 ゲットーは高い塀で囲まれ、ゲットーの内と外との行き来はただ1つの門を通して行なわれた。 そして、その門が閉められるときには、門の扉はゲットーの外から施錠され、その鍵はキリスト教徒の門番が保管した。 ゲットー内にはシナゴーグや学校が設置され、ユダヤ人の高い教育水準と高い宗教文化が保たれた。 『ヴェニスの商人』は1597年頃に書かれた戯曲である。 この戯曲はシェイクスピアの作品の中では「喜劇」のカテゴリーに入っているが、驚くほどユダヤ人を差別している表現が多く、反ユダヤ感情を煽る内容になっている。 そして、当時の芝居では、こういうユダヤ人の扱いは普通だった。 キリスト教会はユダヤ人について「イエス・キリストを裏切った所為で永遠に国家を持てずにさまようように罰せられたユダヤ人に同情するのは誤りだ」と主張し、カトリックもプロテスタントも反ユダヤ的であった。 キリスト教という厚い土壌があったからこそ、ヒトラーの反ユダヤ主義は枯れ野に火を放ったように爆発的に広がったのである。 しかし、バチカン(ローマ教皇庁)は最初からナチスを支持していたわけではなかった。 当時、両者は互いに一定の距離を保ちながら、牽制し合っていた。 1918年からヒトラーが政権を取るまで、ドイツのカトリック政党「中央党」は全ての内閣で重きを成していた。 当時のドイツ国内のカトリックはドイツ国民の約3分の1を占めており、ドイツ・カトリック司教団は信者たちに選挙で「中央党」を選ぶように勧め、ドイツ・カトリック司教団の司教たちは「中央党」の役職に就いていた。 ナチスは1928年頃まで弱小であったが、 ナチスは「中央党」のライバルであったので、この当時のドイツ・カトリック司教団は「ナチス党員にはカトリック教会の秘蹟を授けてはならない」と決定するなど、反ナチス的であった。 しかし、1931年にバチカンで出された回勅(ローマ教皇ピオ11世が1931年に全世界の司教に出した通達)『クワドラジェジモ・アンノ』で説かれた「国家有機体思想(国家を1つの生物のように見なし、その成員である個人は全体の機能を分担するものであるとする国家観)」がドイツ国民に大きな影響を与えた。 この回勅を機にナチスとドイツ国内のカトリックとは互いに接近し始めた。 1932年6月にドイツの首相になったフランツ・フォン・パーペンはこの回勅で説かれた「国家有機体思想」に強く感銘した。 ヒトラーが1933年1月30日にドイツの政権を握った背景には、このパーペンの助けがあったとされる。 そして、2ヶ月後の1933年3月、ローマ教皇ピオ11世(在位 1922年〜1939年)は枢機卿会議でナチス政権を承認する見解を表明した。 これと同じ日に、「中央党」は悪名高い「授権法法案」に賛成し、その結果として、ワイマール憲法は無力化した。 そして、数日後、ドイツ・カトリック司教団はドイツ国内のカトリックにナチス党員になることを禁じていた指示を撤回した。 こうして、カトリックという最大の支持層を獲得したナチス政権は、労働組合禁止(1933年5月)、ドイツ社会民主党の活動禁止(1933年6月)、ナチスを除く全政党の解散(1933年6月)、新政党設立禁止令(1933年7月)と、驚くべきスピードで独裁を完成させた。 更に、1933年7月20日、ナチス政権とバチカンとの間で歴史的な「政教条約」が結ばれた。 これにより、ナチス政権はドイツ国内のカトリックを弾圧しないことを保証し、カトリック教会側は、聖職者と宗教とを政治から分離することに同意した。 そして、バチカンはナチス政権を祝福すると同時に、ナチス政権に忠誠を誓うことを聖職者に命じた。 ナチス政権がバチカンとの間で「政教条約」を結んだことはナチス政権の評価を国際的に大きく高めた。 「政教条約」成立から2日後の7月22日、ヒトラーはナチス宛の書簡において、次のように述べた。 「バチカンが新しいドイツと条約を結ぶということは、カトリック教会による国家社会主義国家(ナチス政権)の承認を意味する。 この条約によって、ナチズムが反宗教的であるという主張が正に偽りであることが全世界の前に明らかになったのである」。 第4章 ナチス政権とバチカンとの対立 バチカンは国際社会の中で最初にナチス政権を承認した。 しかし、ヒトラーはバチカンとの間で結ばれた「政教条約」をいい加減にしか守らなかった。 ヒトラーはベルリンオリンピックが開かれた1936年にカトリック教会の青年運動と労働運動を禁止した。 更に、ナチスのイデオロギー面での責任者アルフレート・ローゼンベルクの指揮のもとに本格的なカトリック狩りが始まった。 このナチスの動きに対してローマ教皇ピオ11世は1937年に2つの重大な回勅を相次いで出した。 1つ目は『ディヴィニ・レデムプトリス』(天主たるあがない主)で、これは無神論共産主義に対する有罪宣告である。 2つ目は『ミット・ブレンダー・ゾルゲ』(身を焼かれる憂いをもって)である。 ナチス・ドイツは2つ目の回勅に対し、弾圧を強めて応じた。 回勅を印刷したドイツ国内の印刷所は接収され、カトリックの聖職者や修道士は次々に裁判に掛けられ、高位のカトリック聖職者は強制収容所に投げ込まれた。 しかし、ヒトラーとバチカンとの対立は第二次世界大戦が始まると同時に中断した。 1941年6月、ナチス・ドイツ軍がソ連に侵攻すると、ローマ教皇ピウス12世はこれを全面的に支持はしないものの、「キリスト教文化の基盤を守る高潔で勇気ある行為」と論評した。 (ローマ教皇は1939年3月にピオ11世からピウス12世に替わった)。 ドイツのカトリック教会の中には、この侵略を「ヨーロッパ十字軍」として支持するものまであった。 ヒトラーの妻であったエバ・ブラウンは、1942年の冬に書いた日記に次のような興味深い記述を残している。 この日記の内容から、ヒトラーやナチス幹部がバチカンについて、どのように考えていたかが分かる。 簡単に紹介しておく。 「あの人(ヒトラー)は、あのときはまさに烈火のごとく怒った。 あれはローゼンベルク相手にカトリック教会の問題について話していたときだった。 ローゼンベルクが『カトリック教会の聖職者たちを牢獄に送り、ローマ教皇を幽閉すべきではないでしょうか』と進言したとたん、あの人は『おまえは教皇の座を狙っているのか』と言って、突然、怒りだした。 何の前触れもなかった。 本当に激しかった。 『おまえのような男が東方地域を担当するから、経済が悪化するのだ。 おまえは敗戦から何を学んだのだ』と叱りつけた。 ローゼンベルクは青ざめていた。 一言も発しなかった。 あの人の怒りは収まらなかった。 『ゲーリングはバチカンヘの爆撃を言い出し、おまえは教皇の逮捕を言い出す。 なんとも役に立たない連中ばかりそろっている』と罵った。 ローゼンベルクが『総統…』と言って口をはさもうとすると、あの人は『いま必要なことは教会を排撃することではなく、争わずして従わせることだ。 今後、教会の問題はヒムラー(SS長官)に任せる。 聖職者を監視下におき、必要とあれば、監禁する、あるいは利用する』と言った。 あの人の怒りは本当に激しい怒りだった」。 また、ヒトラーはソ連とボルシェビズム(レーニン流の共産主義)をひどく嫌っており、死の直前まで次のように述べていたという。 「イギリスはドイツを攻撃しドイツの破滅を謀っている。 自分はボルシェビズムの最後の防衛壁である。 もし、自分がいなかったら、誰がボルシェビズムの脅威を防ぎ、ヨーロッパの文化を守ることができるか。 イギリスは必ず後悔するだろう」。 ヒトラーはロシア革命を「ユダヤ・ボルシェビキ」による革命だと見なしていた。 第5章 反ナチズムより反共主義を優先したバチカン ナチスとバチカンとが結びついた理由の2つ目はボルシェビズムがキリスト教を初めとする宗教を公然と迫害し消滅させようとした点である。 バチカンでは反ナチズムより反共主義が優先された。 尤も、バチカンがナチスに近づいたのは、ドイツ国内のカトリック聖職者がユダヤ人と同じ境遇に落とされるのを憂慮したからだという見方も成り立つ。 バチカン自体が破壊される恐れも十分にあった。 しかし、権謀術数の府の最高権威者であるローマ教皇は、ナチズムよりも共産主義のほうが遥かに危険で有罪だと見なしていたに違いない。 このことに関して、教会史に詳しいK・V・アーレティンは著書『カトリシズム・教皇と近代世界』の中で次のように語っている。 「ローマ教皇は、ナチスのユダヤ人迫害に抗議することは無意味で、むしろ、ナチスに抗議することはドイツ国内のカトリックを更に苦しい立場に追いやる、と考えていた。 外交官出身のローマ教皇ピオ11世は、そのような抗議によってローマ教皇庁の中立性が失われることも恐れていた。 保守的なローマ教皇ピオ11世が最後までヨーロッパ最大の危険と見ていたのはソ連の共産主義であり、外交交渉による西欧での和平の確立によって、東欧が共産主義化しないように出来ると考えていた。 従って、彼はナチス・ドイツとの外交関係が断絶されないように全力を尽くしたのである」。 第二次世界大戦中、カトリック聖職者の全てがナチスに無批判だったというわけではない。 ユダヤ人を救助したカトリック聖職者は沢山いた。 彼らの必死の救助活動のお陰で助かったユダヤ人は沢山いた。 しかし、バチカンの上級幹部が公然とナチスを非難することはなかった。 『ユダヤ教民族史』の著者S・エティンガーは次のように語っている。 「諸国の修道院において、かなりの数のカトリック聖職者がユダヤ人を救助した。 一般的に言って、ナチスの政策に抵抗したカトリック聖職者はカトリック教会の下級層に集中しており、救助活動は個人的であった。 これと対照的に上級のカトリック聖職者は沈黙を守り、このレベルにおいてユダヤ人全体のために介入しようという試みはほとんどなされなかった。 ローマ教皇庁の態度はよく知られている。 この時期を通じてユダヤ人迫害に対してローマ教皇庁は何の反応も示さなかった」。 第6章 戦後、ナチス逃亡者を助けたバチカン 第二次世界大戦後、ナチスとバチカンとの関係は良好であった。 バチカンは戦犯ナチ党員の逃亡を助け、彼らをアメリカや南アメリカ諸国に送った。 戦犯ナチ党員の南アメリカ逃亡ルートは、16世紀に結成されたカトリック組織「イエズス会」が切り開いたものだった。 大航海時代、スペイン軍とともに南アメリカ大陸にたどり着いたイエズス会士たちは原住民への教化・洗脳によって勢力を拡張し、原住民たちのキリスト教信仰を確立する為の「原住民教化集落」を次々と建設していった。 それはさながらキリスト教的理想郷「神の王国」を実現しようとする壮大な社会実験のようであった。 ナチス幹部の1人はカトリック宣教師ファン・ヘルナンデス名義のパスポートで南アメリカに逃れたことが確認されている。 パラグアイにはナチスの落人部落が沢山ある。 それは、イエズス会がパラグアイで「原住民教化集落」建設を大々的に進めたことによっている。 また、当時のアルゼンチンのペロン政権はナチス支持を公式に表明していた為、ナチスの逃亡先として南アメリカが選ばれたのは自然の成り行きだった。 1947年5月のアメリカ国務省の機密情報報告には次のように述べられている。 「ローマ教皇庁は、出国者の非合法な動きに関与する唯一最大の機関である。 この非合法な通行にカトリック教会が関与したことを正当化するには、布教活動と称するだけでよい。 カトリックであることを示しさえすれば、国籍や政治的信条に関わりなく、いかなる人間でも助けるというのがローマ教皇庁の方針なのだ。 カトリック教会が力を持っている南アメリカ諸国の政府はローマ教皇庁の意向を受け、元ナチ党員であれ、ファッショ的な政治団体に属していた者であれ、反共産主義者であれば、喜んで入国を受け入れるようになった。 現時点のローマ教皇庁はローマ駐在の南アメリカ諸国の領事館の業務を行なっている」。 イギリスの『ガーディアン』紙のアルゼンチン通信員であるウキ・ゴーニは、ナチス逃亡者とカトリック教会との関係について次のように述べている。 「のちにローマ教皇パウロ6世となったジョバニ・バッティスタ・モンティーニ、その他多くの枢機卿がその影響力を行使してナチス逃亡者に対する援助活動に道を開き、ときには病的なまでの反共姿勢によって、少なくともそれを道徳的に正当化した。 〈中略〉 アロイス・フーダルやシリのような司教・大司教が最終的に必要な事柄を進めた。 ドラゴノヴィッチ、ハイネマン、デメーテルといった神父がパスポートの申請に署名した。 こうしたことが明白に証明されているからには、ローマ教皇ピウス12世がそれらの事を知っていたかどうかなどという問題は取るに足らないものであるばかりか、馬鹿馬鹿しい問題である」。 大戦中にナチスによるユダヤ迫害を逃れてイスラエルで育ったユダヤ人作家のマイケル・バー・ゾウハーは著書『復讐者たち ナチス戦犯を追うユダヤ人たちの戦後』の中でナチス逃亡者とバチカンについて次のように述べている。 「1948年から1953年にかけて、ドイツにはかなりの数の地下組織が存在していた。 シュピネ、オデッサ、シュティレ・ヒルフェ、ルーデル・クラブ、ブルーダーシャフト、HIAGなどで、その全てが多少なりとも秘密組織の形態をとり、逮捕されるのはいつかと恐れている者たちに大々的な支援を与える体制を整えていた。 産業資本家を初めとして、銀行家、元陸軍将校、詳しいことは何も知らない一般大衆も、これらの組織の運営に必要な資金の調達に巻きこまれた。 偽名を使ってドイツ国内に潜伏中の何千というナチス戦争犯罪人は、終に庇護を求められる場所が出来たことを知った。 裁判に掛けられる者がでると、地下組織は最高の弁護士による弁護を依頼し、裁判官たちに圧力をかけ、ときには、不都合な証人を消すことさえあった。 そして、裁判結果が被告にとって不利なものとなった場合には、国外逃亡の準備を整えた。 バイエルンやイタリアの赤十字の職員の一部はナチス逃亡者の不法越境に手を貸した。 ナチス逃亡者は抜け目なくカトリック僧侶たちの慈愛の精神に訴えた。 このドイツ派閥の指導者の一人が大司教アロイス・フーダルだった。 アロイス・フーダル大司教は1885年生まれのドイツ人で、ナチス体制の擁護者として名高い存在だった。 戦争が終わると、アロイス・フーダル大司教はカトリック教会をナチス逃亡者の隠れ家として提供するようにローマ教皇庁を動かした。 アロイス・フーダル大司教の援助活動の対象はナチス逃亡者だけではなかった。 スターリンの容赦ない弾圧にあえぐクロアチアの民族主義者たちにもアロイス・フーダル大司教は支援の手を差し伸べた。 ナチス逃亡者やクロアチアからの逃亡者はカトリック教会を頼ってイタリアへ落ち延びた。 ローマ教皇庁は彼らに偽名の難民パスポートを発行するなどして、主に南アメリカへの逃亡を支援した。

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